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美玲は泣きながら自宅までの道を歩いていた。これまでの怜士との思い出が胸から溢れ、心をひどく締め付けてくる。
(こうなることは予想できたはずなのに……あのときと同じだ)
学が怜士に詰め寄ったとき、怜士はきっと美玲を擁護するものと思った。しかし、怜士はそれをしなかった。それにはもちろん明確な理由があって、結果美玲は怜士の機転によって救われたわけだが……。
(また……期待してたんだ)
体を重ねて、助けられて、特別な気になっていた。しかし、怜士にとって美玲はなんでもないただの火遊び。なんせ怜士には、本命の女性がいるのだから……。
どんよりとした気持ちで歩いていると、スマホが鳴った。画面には『根本主査』とある。美玲は慌てて電話に出た。
「お、お疲れ様です、根本さん」
『もしもし、藤咲さん? お疲れ様』
小さな四角い機械の向こうから、柔らかな声が聞こえてくる。根本真子は美玲の今の上司で、今回研修の取りまとめを係長に変わって担ってくれた恩人だ。
「……お疲れ様です。あの、研修の件ありがとうございました」
『え?』
「朝霞さんから聞きました。結局ほとんど根本さんが仕切ってくれてたって。それなのに私、お礼もまだで……」
『あぁ。いいのいいの。私こそ、ずっと謝りたかったの。これまで助けてあげられなくて、庇えなくてごめんね』
「え……どうして根本さんが謝るんです?」
真子自身も子供が生まれたばかりで、自分のことで手一杯だったろうに、いつも美玲を気にかけてくれていた。
「むしろ助けていただいて、お礼を言わなきゃいけないのは私の方です」
『違うのよ。お礼なら、私じゃなくて朝霞に言って』
「え?」
『アイツ、研修の話持ち出してきたときに私に言ったのよ。あなたにもう少し自覚を持たせたいのと、ポンコツ係長を殴ってやりたいから協力してくれって』
「……朝霞さんが?」
(じゃあ朝霞さんは、私と話す前から今回の研修の計画を立てていたの?)
『あの朝霞があなたのために上司に楯突くなんて、正直驚いたわ。いっつもすましててちっとばっかムカついてたけど、アイツにも人間らしいところがあって安心した。あなたは朝霞に助けられたと思ってるかもしれないけど、助けたのは案外あなたの方だったのかもね』
「……どういう意味ですか?」
真子の言葉の意味が分からず、美玲は首を傾げ訊ねる。
『これ以上は秘密。本人が言わない限り、私からは言えないわ』
(どういう意味だろう? 本人に聞きたいけど……今は顔を合わせたくないしな……)
ぼんやり黙り込んでいると、美玲の戸惑う顔を想像したのか、根本が電話越しにくすりと笑った。
『まったく同期使いが荒くてやんなるけど。ま、私もスッキリしました。たまにはこういうのもいいね! おかげで育児で溜まってたストレスがどっかに吹っ飛んだわ。じゃ、またね。今日はゆっくり休むのよ』
「あ、はい……ありがとうございます」
通話を切ると、美玲は立ち尽くした。
(周りの話を聞けば聞くほど、朝霞さんを知れば知るほど、わからなくなってくる……どれがあなたの素顔なの……)
「朝霞さん……」
美玲は暗い空を仰ぎ、奥歯を噛み締めた。
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