誑神の愚者

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誑神の愚者

「誰か助けて」  東の森に、狼男に襲われ逃げ惑う農婦(のうふ)の姿があった。  衣服はぼろぼろに引き裂かれ、はだけた服から豊満な胸が揺れるのが見えた。  木の根に(つまず)いて倒れ、スカートの下から白い太腿(ふともも)(あら)わになる。  くねりと動かす色気づいた肢体に、狼男はよだれを垂らしながら近づいてきた。  しかし狼男が農婦に飛びかかろうとした瞬間、大きな矢が飛んできて狼男の肩を射抜いた。倒れ込んだ狼男の胸をすかさず鋭い短剣がグサリと貫き、ぐるると唸り声を上げると、やがて動きを止めた。 「大丈夫?」  農婦が声のほうを振り向くと、そこに大きな弓矢を携えた凛々しいエルフの女戦士が立っていた。 「はい……助けていただき、ありがとうございます」 「怪我がないか心配ですね。近くに私の住む小屋があるので、診てあげましょう」  女戦士は農婦をひょいと抱きかかえると、そのまま森の奥へと歩き出した。 「だ、大丈夫です。降ろしてください」 「いえ、普段より鍛えてますから造作もないことですよ」  じっと見つめる女戦士の瞳は深い翡翠色(ひすいいろ)で、その整った美貌に農婦は心を奪われ赤面した。  小屋に着くと女戦士は農婦を椅子に座らせ、熱いスープを振る舞った。そして農婦の膝まで屈むと、怪我がないかを確認していた。 「軽い擦り傷だけね、よかった。それで……こんな人気(ひとけ)のない危険な森で何をしていたの?」 「実は大賢者様を探しておりました。ご存じないでしょうか」 「大賢者に何か用事でもあるのかしら」 「それは……子供の頃、私の村は魔族に襲われ両親を失いました。獣魔族(じゅうまぞく)を支配する獣魔王を大賢者様に倒していただけたおかげで、再び平穏な生活が送れるようになったので、お礼が言いたかったのです」  チラリと農婦は女戦士の様子を窺った。 「大賢者かどうかはわからないけど、獣魔王を討伐したのはこの私よ」  農婦は驚きの表情を隠すことができなかった。  まさか大賢者が女だったとは。——これでは私の色香で惑わすことができない、と農婦は思った。 「女性であるあなたが何故そんな勇敢な試練に挑むのでしょう?」 「それは私も獣魔族に一族の命を奪われたから。同じように困っている人達を助けたかったの。あなたの力にもなれてよかったわ」  優しく語る女戦士のまっすぐな志に共感し、農婦はこの人を欺くことはやめておこうと心に留めた。  この農婦は、『誑神の愚者』ラウナの偽りの姿であった。
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