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夢①
ここはどこだ。
いや、俺はここがどこだか知っている。
何度も来たことがある。
俺は正座の態勢からぐっと腰を折って、額が床につきそうなのをすれすれのところで両腕で踏ん張って上半身を支えている。
頭からは黒い布をかけられていて周囲の様子を見ることはできない。真っ赤に煌めく床を見つめることしかできない。床は大理石のように艶があって、冷たい。
俺は一人ではない。
周りには俺と同じように黒い布を頭からすっぽりとかけられて、頭を下げている人々がいるようだ。
前後左右からかすかな息遣いが伝わってくる。
「キーンコーンカーンコ―ン」
間の抜けたチャイムが響き渡る。放課後の小学校を思い出す。「ごほん、ごほん」とわざとらしい咳払いが聞こえたかと思うと、彼の声が耳に流れ込んでくる。それは、日本語ではなく、ましてや人の言葉ではない。
重い金属がぶつかり合う音、枯れ葉がアスファルトの上を転がる音、夜の洗面所で蛇口から水が滴り落ちる音、波の音、川の音、転がる小石、こすれ合う枝葉・・・。それらの音が複雑に絡まり合い、それでも無理なく、抑揚までついていて、スピーチをしているような、そんな声。
何を言っているのか判別はできないが、毎回聞いていると終わりが近づいているということは分かるようになってくる。
彼の声があらぶる。土砂降りの雨がビニール傘を叩きつけるような、そんな音だ。ピタっと雨音が止む。次の瞬間、
「ガッシャ―ン」
爆発音が空気を震わせる。たぶん、雷が落ちた音だ。
彼の話は毎回、雷の音で幕を引く。
彼の話は終わった。しかし、俺は姿勢を崩すことはできない。むしろ硬直し、呼吸もなるべくしないように、ゆっくりと、ゆっくりと、息を吸う。
彼らの足音が聞こえる。
コツ、コツ、コツ。
床の硬さを楽しむように、その音を響かせる。
「やめてください」
若い女の声が響く。
「放してください、許してください」
中年男性の懇願が悲鳴とともにあがる。
コツ、コツ、コツ。
彼らの足音が近づいてくる。
コツ、コツ、コ・・・。
俺のすぐ近くで止まった。
「ほら立ちや。君の番や」
関西弁の意外にも若い男の声が降ってくる。上半身を支えている両の手が動かない。心臓が速力を上げて胸を打つ。
「なんで、僕なんですか!」
となりの男が立ち上がって泣き叫ぶ。先のとんがった茶色の革靴が視界の隅に見える。
「僕はどうなるんですか。どこに連れてかれるんですか」
男の悲鳴が空気を切り裂く。頭上の空気が静まり返る。張りつめた空気にポンと置くように「はあ」と透明の息が漏れ、
「そんなん知らんやん。自分が悪いんやろ」
と関西弁の男が呟く。それと同時に、しゅっと布が引かれるような音がした。
となりからは男の気配が消え、とんがった革靴は空気に溶けるようにして見えなくなった。
「はあ、しょうもな」
コツ、コツ、コツ。
足音が遠ざかっていく。
今回も生き残った。安堵を感じるとともに、いつまで続くんだという不安がじわりと胸に広がる。
俺が何をしたっていうんだ。
なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。
理不尽に対する怒りと、解放されない絶望から目の前が真っ暗になる。
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