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アイナの前に置かれたお茶は芳しい香りだった。色も美しい琥珀色。
今まで、水か薄い出涸らしのようなお茶しか見たことがなかったアイナにはお茶の良し悪しはわからなかった。
「アイナ、仕事は楽しいかい?」
「えっ、と、そのはい。ここでのお仕事は楽しいです。あ、その楽とかそういうのではなくて、なんていうか、やりがいがあるっていうか、一日のお仕事が楽しいです。怒られないし、叩かれないし。わからないことは丁寧に推しててもらえるし。だから」
アイナは自分の前に置かれたティーカップを見つめた。泣きそうな顔が写っている。
「だからその、ここでこれからも働きたいです。私、カーテンはごめんなさい。弁償します。だから、クビに、なるのは、いや、です……」
泣くのを我慢しながらアイナは声を絞り出した。
ブラウリオは優しい笑顔を浮かべると言った。
「カーテンのことは本当に気にしなくて大丈夫だよ。旦那様は気になさらないだろうからね。そのことでクビになんてしないから心配しなくていいよ」
ブラウリオはお茶を一口飲む。
「初めから一人前なんて誰もいやしないからね。ゆっくりと仕事を覚えてくれればいい。私はむしろアイナがそうやって頑張りすぎているところが気になっているんだ」
「えっ?」
「毎日、毎日、仕事をしよう。覚えようと頑張ってくれているね。嬉しいよ。しかし、君一人で仕事をしているわけではないんだ。私もいるし、他のメイドたちもいる。料理人や庭師や色々な使用人たちが働いている。みんな自分の仕事に責任や誇りを持って働いているんだよ。だからね、アイナが一人で完璧に仕事をこなそう、一人で仕事を終わらせようなんて頑張らなくてもいいんだ」
「はい。でも私、頑張りたくて」
「そうだね。でも、なんのために多くの使用人がたちがいるのか考えてごらん? 一人ではできないことをやるためだよ。だから、みんなと仕事を分かち合うことが大切なんだよ」
仕事を分かち合う。と言われたとき、アイナはハッとした。
今まで働いていた場所とは違うんだ。
この間まで働かせられていた織物工場は、仕事の押し付け合いだった。
一人ではやりきれない量の仕事をさせられて、できなくては折檻される。
だから、いかに自分の仕事を他人に押し付けるか。そんな職場だった。
アイナは自分で言うのもなんだが、真面目なタイプだった。要領も悪い。
自分の仕事だけでなく、押し付けられた仕事も抱え込んでしまい仕事が回らなくなる。
そして、折檻されるという悪いパターンになるのが常だった。
アイナがあの織物工場で死なずに済んだのは、ひとえに輝石産みで死なれては困ると手加減があったからだ。
このお屋敷は違う。
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