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「治癒師がまいりました」
そうしていると小太りの女性が入ってくる。
四角い帽子を被り、胸から治癒師の紋章を下げた女性は優しく微笑んでいた。
「お怪我をなされているとか、すぐに癒しましょうね」
「そんな、そここまでしていただく訳には……」
「旦那様からのお言いつけですから」
アイナの抗議はメイドのそっけない一言で封じられてしまった。
こんな深夜に治癒師を呼びつけるなんて一体いくら掛かるのかしら。
輝石一つで足りる?
かかる金額を想像してパニックになるアイナをよそに治癒師がアイナの頬に触れた。
「火傷ですわね。でもあとは残りませんから大丈夫ですよ」
と言って治癒師は意識を集中し始める。治癒師の左手に握ったペンダントの中心に据えられた輝石が反応して淡く輝いた。
アイナは頬を中心に温かい光に包まれるのを感じる。
ほっとするようなその温かさに安堵のため息がもれた。
「捻挫もされているとか。そちらも見ましょうね」
治癒師が足に触れて同じように集中する。
ジンジンと痛かった足首がスッと治っていった。
「どこか他に痛い部分はありませんか?」
治癒師の丁寧な対応にアイナは感動を覚えていた。
もっと無愛想で投げやりな治癒師しか知らなかったからだ。
この治癒師の性格がいいのだろうか。
それともこの屋敷の主人クストディオがよほど高貴な人物なのだろうか。
何が理由かはわからないが、治癒師にここまで親切に対応されたのは初めてだった。
「痛みも引いたので大丈夫です。ありがとうございます」
「それはよかった。もしも、痛みがぶり返すようなことがありましたらお知らせくださいね。お伺いしますので」
そう言って、治癒師はメイドに送られて去っていた。
「お部屋にご案内いたします」
治癒師を見送って、アイナもメイドに促された。
「あの、こんなにも親切にしていただいて申し訳ないのですが私はお金も何も持っていないのです」
申し訳ない。とアイナがメイドに頭を下げる。
「ご心配には及びません。旦那様のお言い付けですから」
メイドはこちらへどうぞと言ってアイナを寝室に案内した。
部屋の中は薄暗くてよく見えなかった。
それでも、豪華な作りの部屋だということはわかる。
ベッドは大きくふかふかしていて、壁には大きな絵がかかっていた。
「ごゆっくりお休みください」
メイドがアイナを残して部屋から退出していく。
アイナはぼーっとベットを見ていた。
自分の立場がよくわからない。
さっきまで自分は織物工場の納屋で寝ていたはずだった。
そして火事にあった。
そこまではいい。
今、立っているのはどこだ?
こんな立派なお屋敷の寝室に立っているのはなぜ?
きっと夢だ。
夢を見ているに違いない。
それなら寝てしまう。
いい夢をいっぱい見よう。
起きればまた、辛い織物工場での一日が始まる。
それが少しでも遅いものになりますように。
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