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もう、お昼近いというのにパンは出来立てのようにフワフワとしていて柔らかかった。
温かくスープも味がしっかりとしている。
どれもこれも、あの織物工場で出されていた食事とは雲底の差だった。
見られていないけど、なるべくお行儀よく食べなくちゃ。
そう思っていたのに、気がつけばパンにかぶりついていた。
何年かぶりの温かい食事にアイナはホロリと涙を流していた。
アイナが食事を堪能した後、着替えを渡される。
昨日、アイナが着替えを手伝われることを嫌がったことが伝わっていたのだ
ろうか。今日は一人で着替えさせてくれた。
渡されたのはシンプルなブラウスとスカートだった。
肌触りがとても良い高そうな服。汚しても弁償できないなというのが第一印象だった。
「旦那様がお会いになりたいそうです」
着替えが終わると部屋の外で待機していたメイドからそう伝えられた。
「は、はい」
さっきから私、はいしか言ってないなと現実逃避のようなことを考えた。
「ご案内いたします」
歩いて行くメイドの後ろについていく。
たどり着いたのは重厚な扉の前。
メイドがノックをし「お連れしました」とアイナを部屋の中へ案内する。
入って左側の執務机で書類にサインをしているのは、昨日の夜、火事の中アイナを助けてくれた男性だった。
名前は確か、クストディオ。
彼は顔を上げると「そこに座ってくれ」と右側にあるソファを示した。
アイナはソファに恐る恐る座る。ソファはとても柔らかくて想像していた何倍も身が沈んだ。
ローテーブルを挟んだ反対側にクストディオが座った。
メイドが入ってきて、ローテーブルにティーセットを用意して下がっていく。
「もう、怪我は大丈夫だろうか」
沈黙が続いた後、クストディオが口を開いた。
「はい。おかげさまですっかりよくなりました。治癒師を呼んでいただいてありがとうございます」
「それはよかった」
「……」
「……」
会話が続かない! 気まずい! こんな身分の高そうな人と話したことないから、どうすればいいのかわからないよ!
アイナは心の中で叫んでいた。
クストディオは、アイナの顔をじっと見つめている。
何か変なものでもついているのかしら?
迂闊に動いたら失礼な行動になりそうで顔を触って確かめることなんてできないし! なんなのよ! もう。
「……。行く場所はあるのだろうか」
「い、いえ。あの工場に住み込みで働いていましたので」
「そうか。工場は全焼してしまった。戻れないだろうな」
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