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火事の結果を聞いて、アイナの気分は落ち込んでしまった。
嫌な思い出ばかりが残る場所だが、なくなってしまったと聞けば心は痛むものだ。
「……。行く場所がないなら、ここで住み込みで働くといい。ちょうど、人を探していたトコロだ」
「へっ」
思いもよらない提案にアイナは間抜けな返事をしてしまった。
「い、いえ、そこまでしていただくわけには。十分、お世話になりましたし」
「気にするな。それにあなたはあの火事の生き残りだ。何か、証言を聞くかもしれないしな」
いや、気にするって。
クストディオはアイナの戸惑いを気にすることなく話を決めてしまったようだった。
執事を呼び出して「彼女が今日から屋敷で働くことになったから」と告げる。
「よろしいのですか? 旦那様」
執事も困惑気味だ。
それはそうだろう。昨日、突然連れてこられた娘を働かせるというのだから。
こういった身分の高い人の屋敷では雇う前に身辺調査など行うものではないだろうか。
それをいきなり、雇う。というのだから執事としても困るだろう。
「行く場所もないというしな」
「いえ、そうではなく……。旦那様はメイドになさるおつもりで連れ帰られた訳ではないと思うのですが……」
執事も歯切れが悪い。
クストディオは若干、ムッとしたように目を細めると「決めたことだ」と言った。
私の意見は聞いてくれないのね。
「それでしたら、構いませんが……」
執事は哀れみのような微笑みをアイナに向けると「よろしく頼むよ」と言った。
「うむ。私はクストディオ・マンディザバル。王国騎士団長を拝命している。よろしく頼む」
なんだか、流されて決まってしまったような気がする。
でも、行く場所がないことは確かだし。
どこかで働くにしても、先立つものは必要だし。
それならば、ここで働くのはいいかもしれない。
「は、はい。アイナ・アサーシャと申します。よろしくお願いします」
こうして、アイナはマンディザバル邸で働くことになったのだった。
※ ※ ※ ※
夜が明ける寸前の暗い中、アイナはぱちりと目を覚ました。
ここ何日かで見慣れてきた天井が見える。
ここは、マンディザバル邸の使用人部屋だった。
使用人部屋と言っても、今までアイナがいた織物工場の劣悪な就寝部屋家とは比べ物にもならない。
窓にはしっかりとガラスが嵌め込まれているし、カーテンもかかっている。
ベッドは一人一つづつ使用することができるし、寝具も清潔だ。
共同のクローゼットが使えるし、チェストも各個人に与えられている。
ここまで配慮の行き届いた使用人部屋はなかなかないのではないだろうか。
アイナはまだ暗い中起き出して、メイド服に着替えて身支度を整える。
このまだ誰も起きていない、静かでひんやりとした空気が近頃のアイナのお気に入りだった。
他のメイドたちはまだ寝ているから、起こさないように慎重に着替える。
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