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第2話 「本のベッドで眠りにつく」
(UnsplashのJohnny McClungが撮影)
その夜、家の前で本を山積みにしていると、裏に住む少女、アキがやって来た。
「どした、アキ?」
「母ちゃんのシゴトのじかん」
アキは9歳。『エンド』唯一の産業、売春婦の娘だ。夕暮れから夜にかけては、仕事の時間。アキは家から追い出される。
まあ、追い出されているうちが花だ、とおれは思う。この町じゃあ、早い女は10歳を超えた頃から客を取る。
食うためだ。仕方がない。
アキはおれの手元をじっと見た。
「……なに、これ」
「本だ。紙の本だよ。アキは見たことないかもな。おれがガキの頃には、まだ売っていた」
「タブレットじゃないんだ?」
アキは珍しそうに本をひっくり返した。おれは答える。
「タブレットと同じだよ。なかには、字が書いてある」
「読めるよ、バカにしないでよ。セイフの『シキジリツ10000%プログラム』にいったもん。金がもらえるからって、母ちゃんに送り込まれた」
たしかに、この国には『文盲』はいない。政府の『識字率向上プログラム』があるからだ。
このプログラムでは該当する年齢の子供を施設で預かり、1週間の睡眠学習で文字を叩きこむ。参加するだけで金がもらえるから、『エンド』でも全員が参加する。
おかげで政府は外国に対して『我が国は識字率が100000%です!』と威張れるようになった。
だからって、この国に対する評価が上がったわけじゃないが、少なくともほぼ全員が文字を読める。
ただ読めるっていうだけなんだが……。
アキは本を眺めまわしてから、おれを見た。
「これ、燃やすの?」
「邪魔だからな」
「ちょうだい」
「は?」
「これ、全部ちょうだい。ベッドを作るの、今は土床の上で寝ているから」
「ああ……いいよ」
するとアキは。さくさくと本の山を、ぼろ家に戻しはじめた。
「おい、本を家に戻すんじゃない!」
「あたしの家じゃ寝られない。オキャクサンがいるもん」
たしかに。
とはいえ、この家に居つかれても困るんだが……。
その夜、アキはおれのぼろ家で眠った。
本を積み重ねたベッドで、本に囲まれながら眠った。
それが、すべての始まりだった。
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