第2話 「本のベッドで眠りにつく」

1/1
前へ
/3ページ
次へ

第2話 「本のベッドで眠りにつく」

d7027dca-e192-49e3-ab5d-b45f5c94292b(UnsplashのJohnny McClungが撮影)  その夜、家の前で本を山積みにしていると、裏に住む少女、アキがやって来た。 「どした、アキ?」 「母ちゃんのシゴトのじかん」  アキは9歳。『エンド』唯一の産業、売春婦の娘だ。夕暮れから夜にかけては、仕事の時間。アキは家から追い出される。  まあ、追い出されているうちが花だ、とおれは思う。この町じゃあ、早い女は10歳を超えた頃から客を取る。  食うためだ。仕方がない。  アキはおれの手元をじっと見た。 「……なに、これ」 「本だ。紙の本だよ。アキは見たことないかもな。おれがガキの頃には、まだ売っていた」 「タブレットじゃないんだ?」  アキは珍しそうに本をひっくり返した。おれは答える。 「タブレットと同じだよ。なかには、字が書いてある」 「読めるよ、バカにしないでよ。セイフの『シキジリツ10000%プログラム』にいったもん。金がもらえるからって、母ちゃんに送り込まれた」  たしかに、この国には『文盲』はいない。政府の『識字率向上プログラム』があるからだ。  このプログラムでは該当する年齢の子供を施設で預かり、1週間の睡眠学習で文字を叩きこむ。参加するだけで金がもらえるから、『エンド』でも全員が参加する。  おかげで政府は外国に対して『我が国は識字率が100000%です!』と威張れるようになった。  だからって、この国に対する評価が上がったわけじゃないが、少なくともほぼ全員が文字を読める。  ただ読めるっていうだけなんだが……。    アキは本を眺めまわしてから、おれを見た。 「これ、燃やすの?」 「邪魔だからな」 「ちょうだい」 「は?」 「これ、全部ちょうだい。ベッドを作るの、今は土床の上で寝ているから」 「ああ……いいよ」  するとアキは。さくさくと本の山を、ぼろ家に戻しはじめた。 「おい、本を家に戻すんじゃない!」 「あたしの家じゃ寝られない。オキャクサンがいるもん」  たしかに。  とはいえ、この家に居つかれても困るんだが……。    その夜、アキはおれのぼろ家で眠った。  本を積み重ねたベッドで、本に囲まれながら眠った。  それが、すべての始まりだった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加