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第1話 「本屋、開店! 『エンド』にて……」
(UnsplashのThought Catalogが撮影)
どんな国にも、『底辺』と呼ばれる場所がある。どん底、どん詰まり、行きどまり。
つまりこの世の果て=『エンド』。
おれ、ハルトが24年前に生まれた町は『エンド』と呼ばれる最底辺の町だった。
背後は山に囲まれ、目の前は小さな湾。
港からは魚くさい空気が流れ、男たちは夜から早朝にかけての漁が終われば、日がな一日、けちなバクチで時間をつぶす。
ほかに、やることがないからだ。
ここは『エンド』。金になるものは何もない
おれはその日、ちんけなバクチで負けが込み、タネ銭がなくなって賭場から蹴りだされた。
「——ちぇっ」
太陽は中天、だけどおれは行くところもない。最後の女の家をでたのは、四日前だ。女と言っても身を売る仕事。おれはヒモすら続かなかった。
最低最悪の人生だ。
カン! と蹴った石が、誰かの靴に当たった。
顔を上げると、そこには初老の男が立っている。きれいな靴を履いていた。
――こいつ、よそものだ。おれはピンときたんだ。
『エンド』の住人なら、こんなきれいな靴を履いていない。靴ひもですら、別々のものをつけている。おれたちは、何だって間に合わせで生きているんだ。
今日いちにちだけをしのいで生きている。
「なんだよ、あんた。困ってんのか?」
おれは声をかけてみた。ひょっとすると道に迷ったのかも? 『エンド』の外まで案内したら小銭くらいくれるかもしれない。その金でまた賭場に戻って……。
男は口を開いた。
「頼みがあるんだが」
ほいきた、待ってました。
「この本を、売ってくれんかね?」
ずるり、と男は後ろからデカい革鞄を引きずり出した。カドがすり切れた古い鞄だ。いや、これだって故買屋へもっていけば今夜の酒代にはなるな。
おれは鞄を見ながらつぶやいた。
「本を売る……?
あのさ、ダンナ。たしかに、『エンド』で売れないものはない。
サビた釘でもシーツのきれっぱしでも、眼球でも内臓でも、七十を超えたババアでも売れる。
だが……本? ……そいつはどうだか……」
「元値はタダだ。君に損はないだろう?」
「おいおい、『君』ときたかよ……。
そんなの、生まれてこの方、聞いたことがない言葉だね。
ここじゃあ、『てめえ』『このやろう』『チビスケ』が定番。死んだおやじはおれを、『生まれそこないの犬』と呼んでいたよ。
ここは、そういう場所だよ。とっとと帰んな、おっさん」
男は首をかしげて、おれを見た。
「うむ……多彩だ……実に多彩な罵倒呼称だ……やはりここがいい」
「はあ? おっさん?」
「これで、今からこの家を買う……ええと、これは、家だな?」
男は上着のポケットからピカピカの銀貨をとりだしだ。驚きだ、銀貨なんて、この五年ほど見たことがない。
このおっさん、ぜったいに良いカモだ。だましきらないと……。
「これ? ああ、家だよ、壁があって屋根がついている。立派な家だろ?」
「扉がついていればよかったが……本は雨に弱いからね。まあいい。では、この家を買おう。きみはここで『本屋』をやるんだ」
「ほんや? 本屋ね……ああ、いいっすよ。何だってやる……ちょっと待った! この家を買うんだろ? その銀貨で?」
「ああ。足りんかな?」
おれはにやりとした。この男には相場ってもんを知らない。
なんて騙されやすいんだ。
男の肩に手をかけ、隣の家に誘導しながら言ってやった。
「おっさん。まず、その銀貨をよこせよ。おれがうまーく交渉してやるから……」
こうしておれは銀貨の半分を手に入れ、半分でぼろ家を手に入れた。
そして、鞄いっぱいの古い本を……。
とっとと鞄を売っぱらって、本は焚火に使うかな。
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