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6月の梅雨の時期。
高校に入学して慣れない生活で無理をしたのが祟ったのか、瑠依は頭痛に悩まされていた。新生活が故の緊張やストレス、梅雨の時期という気圧の関係もあるだろう。
ざぁざぁと鬱陶しい程の雨音に、空き教室の机に伏せた瑠依は眉間に皺を寄せた。頭が痛い気がして薬を飲もうにも授業中だった為、飲むタイミングがずれてしまった。
幸い、今は昼休み。これなら保健室に行かなくても単位を落とさず、薬が効くまでの休憩は出来る。しかし、薬が効くまでの時間が一番キツかったりするのだ。瑠依の休んでいる空き教室は、人の通りも少なく滅多に使われない教室なのだが、昼休みは違うようで廊下で騒ぐ生徒の声が響いている。その声すら痛み続けるこめかみには毒で、声が響くたびズキズキと痛みだす。眉間に皺を寄せ不機嫌な顔になりながらも、瑠依は痛みをやり過ごしていた。
しかし空き教室の静寂は、一人の生徒によって破られる。ガラリと勢い良く扉を開けたのは、何故か肩で息をするほどに息を上げた薫だった。
これが二人の初体面である。突然教室に入ってきた人物に、瑠依は不機嫌な顔を隠しもせずに『うるさそうなのが来た』と思っていた。そんな瑠依に薫はあからさまに、しまった! という顔をしている。2人して、この教室は人が寄り付かないと思っていた。その為、珍しくここに来た互いの存在を珍妙に思う。
「あ、ごめん! 先客がいたとは」
「ああ……気にするな」
そう返事はしたものの頭が痛い。出来れば早くどこかへ行ってくれ、と思いつつ瑠依は再び机に突っ伏した。
「えっと……もしかして、体調悪い?」
「――ん、頭痛がするだけだ……いつもの事だから」
「えっと、保健室行く……? 送ってくよ?」
薫は恐らく親切心で言ってくれたのだろうが、瑠依は保健室まで動く気力がなかった。大丈夫だという瑠依に、薫は今も心配そうにしている。
「光とデカい音がダメだから……移動はキツいんだ」
「そっか。あ、じゃあ気休めにでも、コレ使ってよ!」
そう言って薫はイヤホンを瑠依の耳に付ける。途端に周囲の音が遠くなる。鬱陶しい雨の音も、騒がしい生徒達の話し声も。聞こえてくるのは目の前にいる、呑気な顔をしている薫の声だけだ。
悪戯に笑い『じゃあな!』と気を使い、呆けて固まったままの瑠依を置いて、薫は去って行ってしまう。片耳だけイヤホンを外した瑠依は、廊下から聞こえてくる薫の声だけを何となく聞き届けた。
☆ ☆ ☆
後日、この前の大雨が噓だったかのように晴れ渡っていた。瑠依は同じ学科の隣のクラスを、教室の窓から覗いていた。同じクラスの友人に薫のクラスを聞き、借りていたイヤホンを届けに来たのだ。騒がしい他クラスの雰囲気に吞まれながら、ドア近くにいる生徒に声を掛ける。
「すまない、高富薫を呼んでほしいんだが……」
「あー、高富? いいよ~」
声を掛けた生徒が気前よく薫の名前を呼んだ。教室で同級生とじゃれていた薫が、『何ー?』と声を張り上げながら使づいてくる。
「あ! あの時の!」
「借りていたイヤホンを返しに来た」
ニコニコと人の良い笑顔を浮かべて、薫はイヤホンを受け取った。
「もう、大丈夫なのか~?」
「今のところは大丈夫。元々、偏頭痛持ちなんだ」
「そうか~ 大変だな?」
「早めに薬を飲めればそうでもないんだが、あの時は色々とタイミングをミスってな」
薫は瑠依の他愛ない話を『そうか、そうか』と、毎度相槌をうちながら聞いてくれる。話しやすいこの雰囲気に、知らず知らずのうちに瑠依は引き込まれていた。別に友達になった訳では無い。強いて言うなら顔見知り。
そんな二人の微妙な関係は、1年近く続いた。普段は顔を合わせる事すらしないのに、頭痛でしんどいときにフラっとあの空き教室へ寄る。雨の日や気圧の低い日に集まる、この関係がいつしか居心地よく感じるようになった。そして2年生に進級して同じクラスになると、瑠依は薫の明るさに心がソワソワ落ち着かなくなっていった。恐らく意識していないだけで瑠依は、この時から薫の事を好きになっていたのだろう。
居心地がいいからこそ、それは友愛で友情。
でも、落ち着かなくて離れがたいのは、恐らく恋愛で愛情。瑠依が自らの心に気が付くのは数年後だ。
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