拗らせ雨と遅れた自覚

6/8
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 心が沈んでいくのを自覚しながら、瑠依はベッドの上で仰向けになった。こういう時、いつもは気にならない上の階の住人の生活音が、無性に気になるのは何故なのか。しかし温かい色の照明は、お構いなしとばかりに部屋の中を照らしている。そんな温かみに対して、瑠依の心は冷え切っていた。ふと思い出した過去にさえ、瑠依の心の柔らかい所をガリガリと削ってくるのだ。  薫のことや綾香のこと、この先どんな顔で接していけばいいのか。目の前に広がる白い天井が、瑠依を思考の渦へ飲み込んでしまいそうになる。自分も綾香のように、食事に誘って告白をしてみるか。でも、それじゃ結局のところ、綾香の二番煎じじゃないのか。そんな卑屈な考えが、グルグルとする。  でも瑠依は、この悩みに正確な答えがない事を知っている。悩むだけ無駄なのだ。しかし綾香を見ていると、薫に意識してもらえるのは当たり前だといった、無意識下の態度に腹が立つ。それは、喉元にナイフを突きつけられているような感覚に似ている。  悔しい。だからこそ、瑠依は唇を食いしばる。 「泣かない、泣いてやるか。俺はまだ負けてない……っ」  瑠依の言う通りだ。頬を伝う雫を乱暴に服の袖で拭った。しかし、そんな事をする自分が哀れで惨めで、涙は止まってくれない。 「だって……こんなの悔しい、マジで惨めじゃねーか……」  悔しい。  負けたくない。  俺を好きになって。  こっちを向いて欲しい。  あの子を選ばないで。  親友以上の関係になりたい。  お前の恋人になりたい。  独り占めしたい。  瑠依は奥歯を強く噛み締めて、言葉になりそうな気持ちを文字通りかみ殺した。    ☆   ☆   ☆  深夜、寝静まった住宅街のあるアパート。 瑠依は先触れもなく、薫の住むアパートに来ていた。こんな時間に非常識だと言う事は自覚しているが、綾香のあのメッセージを見て居ても立っても居られなかった。  こんなことをして、薫に鬱陶しく思われるだろう。もう、会いたくないと言われるのではないか。それでも顔だけでも見たくて、瑠依はここまでやってきたのだ。  おずおずとチャイムを鳴らす。少し古めかしいチャイム音が部屋の中に響いている。流石に寝付いてしまっているだろうな、なんて安心しかけたその時。ガチャリとドアが開いた。 「瑠依……?」 「――あ、」  体が固まって、乾いた喉に言葉が張り付く。中々、来た理由を話せないでいると、薫がいつもの笑顔で『どうしたんだよ?』と聞いてくれる。その太陽の笑顔に、瑠依の冷え切った心が溶けていく気がした。 「ご、めん……こんな夜中に、急に来て」 「それはいいけど? (なん)かあった?」 「その……今、何してたの?」  瑠依は少しぎこちない微笑みで、薫と視線を合わせた。 「何って、レポート? 松岡教授のやつ」  薫はよほど面倒臭いのか、顔をのけぞって顰めている。 「まぁ、中入れよ。ていうかこの季節でも、夜は流石に冷えるな〜!」 「ああ、お邪魔するな」 「はいよ」  瑠依は、迎え入れてくれる薫の後ろをついていく。どうやら薫がレポートの課題に追われていたのは本当のようで、作業机の上にはルーズリーフが数枚、ノートパソコンの周りで散らかっていた。しかし、それ以外はあの日から特に変わっていないようだ。 「で、どうしたんだ~ お前がこんな時間に来るとか、珍しいじゃん?」  薫の言葉に瑠依は曖昧に笑うしかなかった。  『お前の顔を見に来た』そんな事を言えれば、自分も薫の恋人に一歩近付いたか?  そんな不毛な考えが頭をよぎる。しかし、小さくかぶりを振って考えを打ち消す。そして瑠依は覚悟を決めた。瑠依が薫と向き合えば、薫も頭をかしげながら向き合う。 「薫、急に来てゴメン。あと、今からもっと急なことを言う」 「お、おお? う、うん」  瑠依の突然の宣告に驚いたのか、薫はこくこくと頷く。そんな行動を愛らしく思いながら、瑠依は心を決めた。 「薫、好きだ」 「――へ?」 「こういう意味で……」  言って、薫の唇へ触れるだけのキスをした。言葉を失い固まった人間に、有無を言わせず強引なことをした自覚はある。それでも瑠依は自分が後悔しないように、綾香よりも薫を先に好きになった者として、誰よりも先に薫へ気持ちを伝えた。  静寂。目の前の薫は目を大きく見開いている。その脳は今、情報の処理に忙しい。薫は瑠依の気恥ずかしさの滲む瞳を見て、驚きとどこか納得の感情に支配されていた。そんな薫の状態を、瑠依は受け付けられなかったのだろうとあたりをつけてしまった。 「ごめん……ずっと好きだった」 「――い、や……えっと」 「はは、無理に何か言わなくていいよ……これ以上、傷付きたくはないかな」  寂しげな顔をして瑠依は笑ってみせる。心の中では、やはりハッピーエンドを期待してしまっているのだ。しかし、それと同じくらいのバッドエンドも覚悟している。 「じゃ、言いたいこと言えたから、帰る」 「え、ちょ、ま、待って!!」  勝手に来て、勝手に言いたいことを言った瑠依を、薫は腕を引いて留まらせる。せめて自分も思っていることくらい、瑠依に伝える権利はあるだろうと。 「お、俺! ちゃんと考えるからッ!! 少しだけ……整理させて」  カサついたその声に、瑠依は希望を抱いてしまう。そしてこれ以上、この場所に長いしてはいけないと感じた。瑠依は薫の家から逃げるようにして、自宅へ帰っていった。  取り残された薫は怒涛の展開に、その場でしゃがみ込んでしまう。  
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!