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心が沈んでいくのを自覚しながら、瑠依はベッドの上で仰向けになった。こういう時、いつもは気にならない上の階の住人の生活音が、無性に気になるのは何故なのか。しかし温かい色の照明は、お構いなしとばかりに部屋の中を照らしている。そんな温かみに対して、瑠依の心は冷え切っていた。ふと思い出した過去にさえ、瑠依の心の柔らかい所をガリガリと削ってくるのだ。
薫のことや綾香のこと、この先どんな顔で接していけばいいのか。目の前に広がる白い天井が、瑠依を思考の渦へ飲み込んでしまいそうになる。自分も綾香のように、食事に誘って告白をしてみるか。でも、それじゃ結局のところ、綾香の二番煎じじゃないのか。そんな卑屈な考えが、グルグルとする。
でも瑠依は、この悩みに正確な答えがない事を知っている。悩むだけ無駄なのだ。しかし綾香を見ていると、薫に意識してもらえるのは当たり前だといった、無意識下の態度に腹が立つ。それは、喉元にナイフを突きつけられているような感覚に似ている。
悔しい。だからこそ、瑠依は唇を食いしばる。
「泣かない、泣いてやるか。俺はまだ負けてない……っ」
瑠依の言う通りだ。頬を伝う雫を乱暴に服の袖で拭った。しかし、そんな事をする自分が哀れで惨めで、涙は止まってくれない。
「だって……こんなの悔しい、マジで惨めじゃねーか……」
悔しい。
負けたくない。
俺を好きになって。
こっちを向いて欲しい。
あの子を選ばないで。
親友以上の関係になりたい。
お前の恋人になりたい。
独り占めしたい。
瑠依は奥歯を強く噛み締めて、言葉になりそうな気持ちを文字通りかみ殺した。
☆ ☆ ☆
深夜、寝静まった住宅街のあるアパート。 瑠依は先触れもなく、薫の住むアパートに来ていた。こんな時間に非常識だと言う事は自覚しているが、綾香のあのメッセージを見て居ても立っても居られなかった。
こんなことをして、薫に鬱陶しく思われるだろう。もう、会いたくないと言われるのではないか。それでも顔だけでも見たくて、瑠依はここまでやってきたのだ。
おずおずとチャイムを鳴らす。少し古めかしいチャイム音が部屋の中に響いている。流石に寝付いてしまっているだろうな、なんて安心しかけたその時。ガチャリとドアが開いた。
「瑠依……?」
「――あ、」
体が固まって、乾いた喉に言葉が張り付く。中々、来た理由を話せないでいると、薫がいつもの笑顔で『どうしたんだよ?』と聞いてくれる。その太陽の笑顔に、瑠依の冷え切った心が溶けていく気がした。
「ご、めん……こんな夜中に、急に来て」
「それはいいけど? 何かあった?」
「その……今、何してたの?」
瑠依は少しぎこちない微笑みで、薫と視線を合わせた。
「何って、レポート? 松岡教授のやつ」
薫はよほど面倒臭いのか、顔をのけぞって顰めている。
「まぁ、中入れよ。ていうかこの季節でも、夜は流石に冷えるな〜!」
「ああ、お邪魔するな」
「はいよ」
瑠依は、迎え入れてくれる薫の後ろをついていく。どうやら薫がレポートの課題に追われていたのは本当のようで、作業机の上にはルーズリーフが数枚、ノートパソコンの周りで散らかっていた。しかし、それ以外はあの日から特に変わっていないようだ。
「で、どうしたんだ~ お前がこんな時間に来るとか、珍しいじゃん?」
薫の言葉に瑠依は曖昧に笑うしかなかった。
『お前の顔を見に来た』そんな事を言えれば、自分も薫の恋人に一歩近付いたか?
そんな不毛な考えが頭をよぎる。しかし、小さくかぶりを振って考えを打ち消す。そして瑠依は覚悟を決めた。瑠依が薫と向き合えば、薫も頭をかしげながら向き合う。
「薫、急に来てゴメン。あと、今からもっと急なことを言う」
「お、おお? う、うん」
瑠依の突然の宣告に驚いたのか、薫はこくこくと頷く。そんな行動を愛らしく思いながら、瑠依は心を決めた。
「薫、好きだ」
「――へ?」
「こういう意味で……」
言って、薫の唇へ触れるだけのキスをした。言葉を失い固まった人間に、有無を言わせず強引なことをした自覚はある。それでも瑠依は自分が後悔しないように、綾香よりも薫を先に好きになった者として、誰よりも先に薫へ気持ちを伝えた。
静寂。目の前の薫は目を大きく見開いている。その脳は今、情報の処理に忙しい。薫は瑠依の気恥ずかしさの滲む瞳を見て、驚きとどこか納得の感情に支配されていた。そんな薫の状態を、瑠依は受け付けられなかったのだろうとあたりをつけてしまった。
「ごめん……ずっと好きだった」
「――い、や……えっと」
「はは、無理に何か言わなくていいよ……これ以上、傷付きたくはないかな」
寂しげな顔をして瑠依は笑ってみせる。心の中では、やはりハッピーエンドを期待してしまっているのだ。しかし、それと同じくらいのバッドエンドも覚悟している。
「じゃ、言いたいこと言えたから、帰る」
「え、ちょ、ま、待って!!」
勝手に来て、勝手に言いたいことを言った瑠依を、薫は腕を引いて留まらせる。せめて自分も思っていることくらい、瑠依に伝える権利はあるだろうと。
「お、俺! ちゃんと考えるからッ!! 少しだけ……整理させて」
カサついたその声に、瑠依は希望を抱いてしまう。そしてこれ以上、この場所に長いしてはいけないと感じた。瑠依は薫の家から逃げるようにして、自宅へ帰っていった。
取り残された薫は怒涛の展開に、その場でしゃがみ込んでしまう。
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