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一日中歩いて、もう夕方に差し掛かる頃。人通りの少ない駅までの道で、綾香が突然立ち止まった。歩きながら瑠依の事を考えていた薫は、綾香が止まった事を歩き進んでから気が付いた。
「あれ? どうしたの綾香ちゃん」
「あの……薫先輩、今日はありがとうございました!」
綾香は言葉を選びながら、探りながら、ゆっくり話す。その心は、薫に嫌われたくない、という不安な気持ちが支配していた。綾香の言葉を待ちながら、薫は色々と察してしまう。気の難しい二人の姉の元で育った薫は、他人の機微に敏感だ。特に自分へ好意を寄せてくれる異性に対しては。
「こちらこそありがとう、今日は楽しかったよ。俺の好きなアロマとかお香のお店にも寄ってくれて、おかげでいい買い物ができた」
「良かったです! ……あの、薫先輩!」
「うん?」
薫は微笑んで綾香の言葉を促す。先の事を察しているのに、何故こんなにも余裕を持った対応が出来るのだろう。先を知っているからか……。
そんな問答が薫の中で生まれるが、それは一度置いておく。
「私、薫先輩のことが好きです……大学に入学してから、ずっと……色んな所で声をかけてくれたり、課題の相談に乗ってくれたり。気が付いたら好きになってました。あ、あのこんな私でも……良かったら、お付き合い……しませんか?」
この時代に一体どのくらいの人が、面と向かって告白してくれるのだろう。薫は目の前の綾香と親友の瑠依の事を思い浮かべながら、妙に落ち着いた気持ちで思った。それと同時に自分の中で、今まで悩んでいた事の答えが出た気がしていた。
☆ ☆ ☆ ☆
大学の施錠時間ぎりぎりまで課題を粘っていた瑠依は、日照時間が短くなり完全に日の落ちてしまった中、帰路につく。悔しくて正常な判断が出来なくて、半ば意地で思いを伝えてしまった。今頃は綾香と上手くいっているのだろうか。何かしていないと落ち着かない。考える時間が出来てしまうと、際限なく思考の渦に飲み込まれていくのだ。
「乙女かよ……女々しいなぁ、ホントに」
瑠依は自戒しながらも、自嘲の笑みを浮かべた。最近はストレスからか、頭痛がよく発症するようになっていた。頭痛薬であるトリプタン系の薬を服用しつつ、なんとか単位を獲得しているがキツい事が多くなっている。
夜風に吹かれたからか、少しだけナイーブになってしまった。色々と考え事をしながら歩けば、すぐに自宅についてしまう。すると、マンションのエントランスに入る際に、誰かに呼び止められた。
振り向けばそこには余所行きの格好をした、薫が手を挙げている。
「薫……」
「瑠衣、今いい?」
「……正直、お前とあんまり顔を合わせていられない」
正直に言う瑠衣に、薫は困ったように眉を垂らした。そっか、と小さく呟くとくるりと背中を向けて、歩き出す。瑠衣が薫の後ろ姿につられるように歩き出せば、向かう先は瑠衣の家とは違う方向だった。静かな夜空が、瑠衣の思考に空白を作り出す。その空白を埋めるかのように、薫が口を開いた。
「俺、瑠衣の告白ビックリした」
「……ごめん」
下を向いて謝る瑠衣を横目で確認すると、薫は足を止めた。そして緊張した面持ちで息を吸うと、ガっと瑠衣の肩を掴んだ。まるで、絶対に逃がさないとでも言うように。
「瑠衣、好きになってくれてありがとう!」
「……うん」
『ああ、振られるのか』瑠衣がそう思った瞬間、薫に抱き締められた。
「な、か、薫……っ!?」
「ごめん、ごめん。本当にごめん……俺も、瑠衣が好きだ」
「う、そ……」
涙声で好きだと伝えてくる薫に、瑠衣は信じられない気持ちでいた。これは体のいい夢なのではないのかと。しかし煩いくらいに伝わってくる薫の心臓が、その可能性を否定する。
「こんな、辛い想い抱えて……ずっと親友として過ごして、辛かったよな……俺、無神経すぎた……昔の俺を殴りたい、ごめん」
瑠衣はその言葉を聞いて崩れ落ちそうになった。今までの辛さも苦しさも、醜い嫉妬も。全てこの能天気な男が理解してくれたのだ。
「……バカだなぁ、謝るなよ。で、付き合ってくれるの?」
「付き合いたい……こんな俺でも大丈夫かな」
「そんなの良いに決まってるだろ」
「……ありがとう……好き」
「勝った、な」
「……??」
長年の片思いに無事勝利して、嬉しくないはずない。そんな瑠衣の心も知らずに、薫は首を傾げる。
ああ、好きだ。そう思う気持ちを隠さずにいられる関係になれた。それだけで今の瑠衣は幸せだ。ズビズビと鼻を啜る薫に瑠衣はキスをした。
頬に鼻に、唇に。触れるだけのそれは、確かに瑠衣と薫を温かく包みこんだ。
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