ピアノの音と知らない顔

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「あ、美空!」  翌日。連絡が遅かったから何かあったんじゃないかと生徒会室で先輩方に問い詰められた後、音楽室に来るように言われていたことを思い出して慌てて向かうと鈴崎がドアの前で待ち構えていた。 「よかった。迷ったのかと思って迎えに行こうとしてたんだけど、オレ美空の連絡先知らないの忘れててさ」  交換しよーと流れのままに連絡先を交換して、やっと音楽室に入る。昨日とあまり変わりのない音楽室の光景に、私が首を傾げているのに気づいたのか気づいていないのか、鈴崎はピアノの前に置かれた椅子を示して「ここに座って」と言った。 「……一体何?」 「ふふん、今日は特別コンサートだよ」  そう言って、自分はピアノの黒い椅子に腰掛け、鍵盤を覆う重そうな蓋を開き赤い布を退けた。  白く細い指を鍵盤に置き、目を閉じて一つ息を吐く。再び目を開けると、それは先ほどまでのおちゃらけたような瞳ではなかった。  トン、と響いた一音が空気を変える。流れるように動く指と共に、一音一音が重なり、繋がり、物語のように流れてゆく。音楽に詳しくなくてもわかる。これは、とても美しいものだ。  そして何より、この音楽を生み出している鈴崎の真剣な顔を、手を、綺麗だと思った。こんなに綺麗なもの、私は他に知らない。昨日はあんなに面倒くさそうに勉強していて、話している時もおちゃらけていて。なのに、なんで。こんな格好いい顔してるなんて。  美しい音楽と、それを生み出す鈴崎に夢中になって気がつけば、演奏が終わっていた。 「どうだった?」  褒めてほしそうにわくわくしている鈴崎は、いつもの鈴崎だ。 「……専門的なことなんてわからないから、そういう言葉は期待しないでよ。まあ、凄かったとは思うけど」 「よかった。お礼になったかな」 「まあ、全国トップの高校生ピアニストの演奏だからね」 「美空に言われると照れるな。時間あったらまた聞きに来てよ。ついでに勉強も教えてくれると助かるんだけど……」 「はいはい。私の気が向いたらね」  ――騙された。  アンタがあんな格好いいなんて。  恋に落ちたなんて思いたくないけど、アイツがピアノを弾いている姿が、頭から離れなかった。
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