デート

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デート

「佐藤君! ごめんね、待たせちゃって!」  少し離れたところから手を振るのは、初めて見る私服のクラスメイト。膝スレスレの長さの黄色いスカートが、手を振る動きに合わせてぴらぴら揺れている。か、可愛い……!  早く待ち合わせ場所に着きすぎて、すでに三十分待っている俺だが、クールな表情を作って、早足でやって来た加奈ちゃんにこう言った。 「全然、待ってないよ?」  キマった。  そして、こう続ける。 「加奈ちゃん、制服じゃないからいつもと雰囲気が違うね」 「そ、そうかな……?」  もじもじした様子の加奈ちゃん。  スカートを両手できゅっと掴むしぐさが国宝級に可愛い。  今日はちょっと声が掠れている……病み上がりだからまだ喉が悪いのかな? 「それじゃ、行こうか?」 「あ、うん!」  俺たちは近くのカフェに向かって歩き出す。  まだ、手は繋がない。  そういうのを焦るのは、紳士っぽく無いもんな!  俺はクールで落ち着いた男子。その仮面をピッタリと貼り付けて、今日の「デート」を楽しむって決めてるんだ! *** 「ん? ノート?」 「そう、世界史の……私、風邪で休んでたから」  三日前の昼休みに、俺は加奈ちゃんと初めてまともに会話をした。  席は加奈ちゃんが俺の一個後ろで近いけど、特に接点も無いし、恥ずかしながら女子と話すのは苦手なので関わりが無かったのだ。  加奈ちゃんは、少しほわほわしている印象の女子。彼女の友達との会話を聞いたことがあるけど、いつもにこにこと聞き役に回っている感じだ。みんなに好かれている彼女は、俺みたいな接点の無い奴でも「加奈ちゃん」って名字じゃなくって下の名前で存在を認識している。ま、面と向かって名前で呼ぶ勇気は無いけど。  そんな加奈ちゃんが、俺に、この俺に「ノートを写させて欲しい」とお願いしてきた。これは……これは……!?  脈、アリ? 「あの、嫌なら断ってくれても良いんだけど……」 「いや、写して下さい。どのページでもオーケーだから」 「あ……抜けてる部分だけで良いんだけど……」 「ふっ。冗談、冗談」  俺は大袈裟に肩をすくめた。 「今日の放課後なんてどう?」 「あ、私、放課後は部活が入ってるんだ……佐藤君さえ良ければ、休みの日……土曜日とかに会えないかな? 駅前のカフェとか……」  で、デートのお誘いだ!!  これは、これは、間違い無く俺に気があるに違いない!  こんな急展開は、きっと神様のご褒美!? モテ期到来!?  俺は、出来るだけ落ち着いた声で言った。 「良いよ。それじゃ、土曜日に駅の改札の近くで……時間とか、細かいこと決めたいから連絡先の交換しようよ」 「うん! ありがとう! 佐藤君!」  こうして俺は幸運にも、加奈ちゃんの連絡先と「デート」の約束をゲットしたのだった。 *** 「ありがとう佐藤君! おかげで、次のテストも心配無しだよ!」  時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。  空いていたテラス席で、加奈ちゃんと居られるのも、もう終わりかぁ……。  カフェで注文をした後は、特に会話も弾むことなく、加奈ちゃんはノートを真剣に写していた。注文したアイスコーヒーはまだ残ってるから、これからお喋りの時間になると良いんだけど……。 「俺なんかが役に立てて良かった」  俺は加奈ちゃんからノートを受け取り、自分のカバンにしまう。その時に、ふと気になることがあった。  今、クラスの女子の間で、マニキュアが流行っている。俺の高校は校則がゆるいから、爪に色を塗ったくらいでは何も言われない。他の女子たちと同じように、加奈ちゃんも爪をピンクに塗っていたと記憶してるんだけど……あれ? 「佐藤君、どうかした? 難しい顔をして……」 「え、あ、いや! マニキュア取ったのかなって思って……学校で見た時に似合ってるなって思ったから。あ、ジロジロみてごめんな!」 「マニキュア……」  加奈ちゃんはぎょっとした表情を見せた。  いつもの加奈ちゃんらしくないな……もしかして、怒らせちゃった? 女の子とデートなんて初めてだから分からん!  俺は馬鹿な頭をフル回転させて話題を変えた。 「そういえば、声がちょっと掠れてるけど、風邪は大丈夫?」 「こっ、声!?」 「いつもより低いって言うか、ハスキーっていうか……」  のど飴とか効くんじゃない? そう言おうとした瞬間、加奈ちゃんはテーブルに突っ伏した。  ええっ!?  どうしちゃったの!?  体調が悪いのか!?  パニックになる俺をよそに、加奈ちゃんは「あー、もう……」と小さく呟いた。低い、声で。 「あの、加奈ちゃん?」 「あー! くそ! あの馬鹿姉!」  加奈ちゃんは勢い良く起き上がったと思ったら、残っていたアイスコーヒーをいっきにストローで飲み干した。  品の無い動作を見せられて、俺は固まってしまう。  加奈ちゃんは、そんな俺に向き直ってこれまた低い声で言った。 「騙していてすみません。俺は加奈じゃ無いです」 「……はい?」 「加奈の双子の弟で、加世って言います」 「ふ、双子!?」  信じられない。  だって、俺の目には加奈ちゃんにしか見えないのだ。双子の弟だなんて急に言われても信じられない。  俺の心が顔に出ていたのだろう。この「加世」と名乗る人物は立ち上がり、俺の腕を掴んだ。 「ちょ、何!?」 「今から銭湯に行きましょう」 「銭湯!?」 「そこで俺が男だって証明します。ついてるもの、ついてるんで」 「そんなことしなくても良いよ!」  どうやら、目の前の人物は本当に加奈ちゃんじゃ無いらしい。  でも、なんでこんなことをして俺を騙したんだろう……?  とりあえず加世君に座るように促した俺は、この状況を彼に説明してもらうことにした。 「加奈は、外では猫被ってるけど、実際は悪魔なんですよ」 「悪魔!?」 「そう。ちょっと先に生まれたからって、俺のことをこき使って……今日のノートの件だって、自分で行くのが面倒くさくなったから、俺に命令したんですよ。代わりに行けって。暴れられると面倒なんで、俺は加奈の身代わりにこうして女装まで、今ここに居るんです」 「な、なるほど……」  まさか、そんなことをする子だなんて知らなかった。  加奈ちゃん……俺の恋よ、さようなら。 「というわけなんで、俺、そろそろ帰ります。正体には気が付かなかったことにしてもらえると助かります。本当に、うるさい姉なんで」 「あ、うん」  加世君は当然のように伝票を取ろうとした、ので、俺はその手を掴んで止めた。 「払いますから、俺」 「いや、割り勘! 割り勘にしよう」 「悪いですよ」 「悪くないよ。それに、同い年なんだから敬語じゃなくて良いし」 「……分かった。ありがとう、佐藤」  会計を済ませてカフェを出る。  俺は、こっそり加世君を観察した。  正体を打ち明けられた後だから、じっくり見ると確かに少し違う。加世君には泣きぼくろがあって、くちびるも薄いような気がした。  俺の視線に気が付いたのか、彼はほんの少し頬を染めた。 「あんまり見られると、照れる……」  ズキュン。  俺の心臓が鳴った。  え、なんですか?  可愛いじゃないですか。 「まだ、帰したく無い……」 「え? 何か言った?」 「あ、いや……実は気になってる映画があるんだ。良かったら一緒に行かない?」 「映画?」 「そう。エイリアンが地球を襲うやつ」  俺の言葉に、加世君の表情が明るくなる。 「マジ!? 俺もそれ観たいって思ってた! 行きたい!」 「じゃ、行こうよ」 「でも、俺、こんな格好だし……」  スカートの裾をつまむ加世君に、俺は微笑む。 「可愛いから良いじゃん」 「褒めてんの、それ」 「最大級に評価してます」 「嬉しくねーわ」  加世君は、けらけらと笑う。  笑顔は男の子っぽい、けど、可愛い……! 「それじゃ、デートの続きをいたしましょうか」 「ちょっと佐藤ってキャラが謎だよね」 「ふっ……ありがとう」 「褒めてねーから」  映画館はここから電車で二駅。  着いて映画が始まるまで、いっぱい話をしよう。  もっともっと、君のことが知りたいよ。   「お手をどうぞ、お嬢さん」  自然な流れで手を差し出すと、笑いながら加世君はそれを握ってくれた。  加奈ちゃんとじゃ、こんな展開にはきっとならなかったな。  これから、俺たちはどうなるんだろう。  映画の展開みたいにどきどきする。    繋いだ手があたたかい。  互いの体温を分け合いながら、俺たちは同じ歩幅で歩きだしたのだった。
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