騙された男

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 いくら言い訳しても無駄だった。先輩は「なに俺の女とやろうとしてんだ」と言って僕をぼこぼこにした。それを見てナミさんは手を叩いて大笑いしていた。  復讐という文字がそのとき脳裏に浮かんだ。僕を騙したこいつらに仕返しをしてやろうと誓った。しかし非力な僕があいつらになにをできるとも思えなかった。  でもあきらめず、あれこれ考えあぐねた挙句に思いついたのが今回の計画だ。ナミさんとのやりとりをうまく切り抜き、闇バイトの勧誘にみせかけたのだ。全てを見れば嘘だと簡単にわかるだろうが、一部だけなら立派な証拠となり得る。捏造だけど。  先日の強盗の犯人はいまだ捕まっていないと聞く。少なくとも警察はナミさんから先輩の元へとたどり着くだろう。叩けばほこりの出る奴らだけど、きちんと調べれば事件と無関係なことはすぐにわかるはずだ。でもそれでいい。ちょっとビビらせてやるだけでいいのだ。やつらに小さな復讐をできるだけで僕は満足なのだから。  いずれ僕も罰を受けることになるかもしれないが、それとてたいしたものではないはずだ。  会議室の窓からは大通りが見渡せた。その歩道を男が歩いている。先ほどまで刑事の目の前に座っていた青年だ。一瞬こちらを振り返ったが、この距離なら窓の人影などには気づかないだろう。 「どう思う?」  刑事は背後の部下に問いかけた。 「どうもこうも、ガセでしょう、こんなもの」 「だよな」 「わかっていて、どうしておとなしく話を聞いてやったんですか?」  呆れ顔の部下に刑事は苦笑を見せると、 「あんな気の弱そうなガキが刑事相手に嘘をつくんだから、よっぽどの理由と覚悟があってのことだろうと思ってな。それに、案外うまくできた話だったから面白くなってさ」 「物好きですね」 「ま、その度胸に免じて騙されたふりをしてやった、ってことだよ」  刑事は青年が書き残したメモを手に取ると、 「騙したつもりが騙されたとは、あいつも気づいてないだろうがな」  それをくしゃくしゃに丸めゴミ箱に放り込んだ。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加