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一年前に予備校裏で千遥と再会したとき、千遥は自分に不信感を抱いていた。
そんな自分から深夜に呼び出されれば、警戒するに決まっている。
夫に相談するのは当然の流れだろう。
案の定伊織は、妻の代わりに自分で出向いてきた。
井野尾の目論見は正しかったのだが、どうしてか落胆したことを覚えている。
もう一度千遥に会いたかったのだ、自分は。
もし現れたのが伊織ではなく千遥だったら、目論見が外れたにもかかわらず自分は喜んだだろう。
しかし実際あの場には千遥が潜んでいて、自分たちの会話を聞いていた。
そして井野尾がねらいを定めた銃口の前に、彼女が身を投げ出してきた。
弾丸はすでに放たれており、千遥は伊織とともにコンクリートに転がった。
井野尾は蒼白になり、銃をもつ指を震わせた。
その後すぐに彼女が起き上がったので、ほっと胸を撫で下ろした。
直後に誰かが通報したらしく、数人の捜査官が倉庫に踏み込んできた。
あの場から誰ひとり捕まらずに逃げおおせたのは、幸運というほかない。
「透くん、電話鳴ってるよ?」
気弱な女の声が、遠慮がちに投げかけられた。
井野尾はイラついて、わざと大きく舌打ちする。
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