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「やっちん先生、やっちん先生。お話がございます。吉川先生から伺いませんでしたか?、もう」
「あれっ、美智子先生じゃないんですか?こう見えても忙しいもんで、なんでしょうか教頭、手短めにお願いします」
「すいませんやっちん先生、実は僕が教頭先生に相談したら、美智子先生が、やっちん先生が適任ではないかとアドバイスしてくれたもので、お忙しいところお呼びだてしてしまって申し訳ありませんでした」
昨年この中学に転任してきた中川先生が頭を下げた。俺はそんなこととは知らずに教頭に減らず口を叩いてしまい、気まずい思いをしてしまった。このおとなしそうな数学の教師は、高校大学時代に野球部に所属していて、高校時代には甲子園こそ出場し損ねたものの、県大会でベスト四まで残った経験がある。それもベンチではなく先発完投型の投手で、その上四番を打つスラッガーでもあったらしい。転任当初はもう野球は辞めたからと、校長に野球部の監督に推薦されても断っていたが、練習している雄二の素質を目の当たりにして、自分で育ててみたいと沸々と過去の情熱がわき上がり、成しえなかったプロの夢を雄二の将来に託したくなり、校長の誘いを引き受けた。部活が終了時間を迎えても、雄二にマンツーマンで指導している姿を、真っ暗になったマウンドでよく見かける。その成果もあり雄二は名門大学に特待生制度を利用して進学することがほぼ決定していた。学力があっても貧しくては入学することの出来ない名門校を中川先生の指導のもと勝ち取ったと言っても過言ではないでしょう。
「なんでしょうか中川先生、キャッチボールだったら夕方にしてくれませんか。仕事が忙しいというより熱いから。涼しくなってからのがいいんじゃないですか」
俺のジョークが受けたらしい。
「実は雄二、関野雄二のことなんですけど」
「中川先生、授業は?」
「二時限目からです」
「じゃあここではなんですから宿直室行きませんか、煙草も吸えるし、冷たいもんもありますから」
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