やっちん先生

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「いや次授業があるのですいません」 「そうですよね、酔っ払って数字間違えたらしゃれにならないっすよね。ところで雄二のやつがご迷惑でもかけましたか?なんでも言ってください、あいつが生まれた時から同居しているようなもんですから」  酒を拒否したインテリのスポーツマンは俺の自慢の道具がよっぽど気に入ったのかひとつずつ手にとって重さを確認したり刃先を指でなぞったりしていた。 「コーヒーでもいれましょうか?ここ水道が無いからカップ洗ってないけど。俺が昨日牛乳飲むのに使っただけだから汚くはありませんよ」 「いやほんとに結構です。ありがとうございます。実は関野が練習を休むようになってきました。どこか身体の調子でも悪いのか尋ねてもなんでもありませんて下向いたきり黙ってしまいましてね。まあ難しい年頃ですからあまり厳しく追及するのも逆効果かなと思いまして、人生経験豊富な校長に相談しようと校長室へ尋ねたら留守してまして、教頭先生が私では役不足ですかって気を使ってくれたものですから相談した次第なんですよ。そうしたらあの子はやっちん先生の父上が経営なさってる住宅でおばあさんと二人で暮らしていると美智子先生が教えてくれたものですから」 「さすが美智子先生、すごい、とにかくすごい。で雄二の奴どうなんでしょうか、先生の察するところ、何か心当たりはありますか?」  斧の柄を持って上から振り下ろし、何かを確認したように頷いていた中川先生は、切り株にござの座布団を敷いた低い椅子に腰掛けて話し始めた。 「ええ、気になってることがひとつあります。あの子に交際している女生徒がいますがやっちん先生ご存知でしょうか?そうですね二週間ぐらい前から練習を見学に来たり、この前の日曜日の試合には関野のために作った弁当持参で応援に来てくれたりと、端から見ていてもさわやかな関係に思えました。彼女の明るい応援姿が関野だけではなくて他の部員達にも刺激になり、野球部全体の雰囲気も明るくなってきました。恋愛は障害になると考えていた私も、正直、今回の関野と彼女の関係をみて、いままでのカビの生えた考えは改めました。健全な交際は練習の邪魔になるどころか、狭いグラウンドの中からしか物事を判断できない私には、考えられなかったパワーをも引き出してくれるのだと気がつきました。彼女がグラウンドに顔を出し始めてからの一週間は関野も大野もナイン全員が、楽しく充実した練習をこなせました。ところが先週になって急に彼女が姿を見せなくなりましてね、部員達は隠してないで連れて来いと冷やかしていましたが、どうも関野の反応が気になりまして、それとなく尋ねたのですが、ご存知の通り怪我や病気を隠してでも練習を休まない子でしょ、自分自身で処理しようと懸命になっているとは思うのですが下を向いたきり何も話してくれません。また嘘をついて誤魔化すことが出来る器用な子でもありませんしね。強い子だから余計に苦しんでいるのでしょう。まあ少し時間が経てば解決してくれる問題だと思いましたし、それ以上突っ込んでは訊かないようにとうちの女房のアドバイスもありましてね、いくら心配しても私に出来ることはたかが知れていますし、あと半年もすれば私の指導から離れてしまうんですけどね。でも野球はともあれ、一教師として彼等の行動が気になりましてね。監督首でも教師失格じゃみっともないし」  中川先生は俺と視線を合わせずに、斧がよっぽど気にいったのか柄や刃を摩って言った。
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