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「しかしあいつに彼女ねえ、どんな子ですか?可愛いですか?なら許してやろうかなあ」
「うちの生徒です。一年生で山田という可愛いいというか、ここだけの話ですが魅力的な女性と言ってもいいでしょう。母親がフィリピン人とかでハーフらしいです。さぞ母親は美人なんでしょうねえ」
雄二がエバと交際している。弱い者は守ってやろうじゃねえかと偉そうに俺が雄二に言ったのに、この胸の高まりはどういうことだろう。俺とエバが腕を組んで歩いていたのを目撃した雄二は嫉妬して、俺を無視することで報復した。今俺は雄二に嫉妬している。そう思いたくないが破裂寸前の動悸が脳天から足の指先まで震動している。十字架を握らされた日に、子供、生徒から、女へと俺の心の中で変化してしまったのかもしれない。守る事は愛で、対象が女なら恋に変わっていくのは極自然でそれに気がつかなかった俺が鈍いんだ。まして敏感な年頃の二人が、愛から恋に変化するのに障害もなければ時間も必要なくて、雑誌のページをめくるより容易に決まっている。考えてみれば野球部のキャプテンでエースと、モデルばりのスタイルとフェイスを兼ね揃えた二人は最高のカップルだ。将来マスコミに取り沙汰されるような大物になって週刊誌にスッパ抜かれてもカッコがつく。そんな二人の関係を祝福してやろう。自分の気持ちを封じ込め、無理矢理恋を愛に戻してでもカッコいい二人を応援してやろう。
一時限目が終了して、生徒達の足音でこの部屋の天上になる階段がばたばたと響いてきた。それぞれが先を急いで十五分の休み時間を楽しむための場所確保に走って階段を降りてくる。短い休み時間に教室を出るのは一年生が多く、学年が上になるほど教室から出なくなる。各町内から集まり、この高校でクラスが別々に引き裂かれた竹馬の友らは、友達であるのを再確認する目的で校舎の隅、昇降口の陰で思い出話に盛り上がる。くわがた虫を山に取りに行ったとき、すずめばちに追われたこと、縄跳びに上手く入れなかったこと、ぶかぶかの白いワイシャツからにょっきりと飛び出したアスパラみたいに頼りない腕を振り回し、ひとつひとつに繋がりの無い話題を短すぎる時間でお互いの胸に叩き込む。『忘れるなよ、いつまでも忘れるなよ、いつまでも俺達、私達仲間なんだから』無情のチャイムが彼等の胸を締め付ける。次の休み時間に再会を誓い、階段を一段飛びで駆け上がり教室に戻り、いまだ友達になれない隣人に照れ笑いを浮かべ指定席に着く。小中学校で座っていた子供椅子から、高校に進学し、大人の椅子をあてがわれたはにかみやにとって、椅子と机の僅かな隙間が誰にも侵害されない安全地帯だ。そこに入り込むか、先を越されるかでこれから始まる三年間の自分の位置付けが決められてしまう弱肉強食の危ない世界でもある。支流から本流に流された稚魚は、前後左右に群がる同じような姿形をした初対面同士が、それぞれの先入観と価値観で選別を開始している。勝負は一瞬でついてしまう。敗者復活戦は設定されていない。三年間を勝ち組みで優位に過ごすか、負けて劣等感を噛み締めるか、この時期の一勝負で決まってしまう。俺は身体に恵まれているのと、家が地元では大きな農家であったのが幸いして勝ち組みに残れたようだ。
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