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「中川先生、そろそろ行かないと。雄二の件は俺に任せてください。報告しますよ」
「はあ、宜しくお願いします。ところでやっちん先生この斧は手入れが行き届いていますね」
「校庭の裏山も学校の敷地なんですよ、ほらバックネットの裏。行ったことないでしょ、広いんですよグラウンドと同じぐらいの面積があります。山裾は高いフェンスで囲ってありますから誰も侵入しません。俺が下草刈ったり、伸び過ぎた欅や椎の木の枝を落としたりしているんです。でもね、絶対に他言無用ですよ、斜に切り込んだ大きな欅の切り株が年輪をダーツの的みたいに構えているんですよ。それ目掛けて投げ込んでます。ど真ん中にのめり込んだときの感触、堪りませんよ」
「是非連れて行ってください。そりゃあ面白そうだ、お願いしますやっちん先生」
小脇に抱えた教科書と筆記用具をカタカタいわせて俺に何度も斧投げの約束を確認して、役に立たない数字遊びを学びに来ている客のもとへ消えて行った。
中川先生から相談を受けた日、雄二はクラブを休んだ。監督にも相棒の孝にも告げず、無断欠席だったらしい。孝は雄二が何も話してくれずに独りで悩んでいるのを口惜しがっていた。
「やっちん先生、俺あいつに信用されてないんですよきっと」
劇的な出会いから十数年、同じ道を歩んで来た二人だが、この学校を最後に別の道に進むことになっている。白球に夢を賭け現実化してきた雄二と、残念ながら野球では力を出せなかった孝は、見つめる対象が違ってきていた。
「そんなことねえって、おまえの考えすぎだよ。ところで孝は野球辞めるのか?」
「ええ、俺身体も素質も恵まれてないし、そのつもりでいます。大学に行ったら真剣に勉強してみようかなって思っています。野球では雄二に負けたけど、これなら俺の方がってものを掴んでみますよ」
「おまえならなんでも出来るさ、ろくに勉強していないのに成績はいつも上位だし、面倒看がいいから後輩からは慕われているし、先生方も誉めてるよ、行事がある度に率先してやってくれるって、みんなが嫌がることを孝が笑顔でやり出すと吊られるようにみんなが動き出すって」
「多少成績が良かったり、ひとにいい奴だなんて煽てられてもいいことなんかありませんよ。じゃあこれで練習戻りますから、雄二のこと、俺からも宜しくお願いします、あいつ不器用だから。失礼します」
脱帽した孝の頭はもう丸刈りではなく整髪料で光っていた。高校と同時に野球を卒業する孝の強い意志が窺える。十年前、雄二を苛めていた孝のケツを赤くなるまで引っ叩いたのを想い出した。
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