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「よっちゃん、生」
「ごめんなさい、悪いけど出直してくれませんか」
よし乃の表情が曇った。
「いいからいいから、私達はそろそろ失礼するから、女将だめじゃないか常連さんにそんな失礼なことを言っては、すいませんねえすぐに引き上げますから」
洋服にはとんと疎い俺だが、仕立てのよいスーツをお洒落に着こなした老紳士が俺に会釈した。しなやかな白髪をバックに流し、真っ黒に日焼けした肌はゴルフとかマリンスポーツとか仕事以外で焼いたものであろう。俺みたいに真夏に校庭で肉体労働をして焼けた赤土焼けとは違う。紳士の脇にだらしなく立っている若者が下から覗き込むように俺を睨んでいる。銀色のリングで長髪を後ろで束ねている。
「なんか付いてる俺の顔に?」
問いかけに若者は欠けた前歯を隠すように静かに笑った。
「さぶろー、ひとをそんな目で見るんじゃない、何度言ったらわかるんだ。車を用意しなさい」
若者は老紳士に軽く会釈して店を出た。
「すいませんまだ世間知らずの子供で、孤児院から引き取り、私が養子として育ててきた子ですけど、生まれたときからの環境がそうさせたのか、ひとを蔑み、敵意のある眼で人を見る癖は成人した今でも直らずにいます。困ったもんだ」
老紳士は最後の困ったもんだを自身に言い聞かせるように囁いた。彼の生い立ちを俺に説明する必要なんてないのにどうしてだろう、聞かなければ対等な立場で言い合ったり、やりあったりが可能だったのに、孤児院育ちが俺に遠慮を生じさせ、他人に素性を知られた彼はなおさら憎悪が深まるのではないだろうか。
「生でいいですか?」
よし乃が素っ気無く言った。老紳士が愛想のないよし乃の対応が気に入らなかったのか、厳しい目つきで彼女を睨みつけた。
「社長、お車ご用意出来ました」
若者が小刻みに首を縦に振りながら老紳士に報告した。
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