やっちん先生

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「やっちん、例のハーフの子、元気になった?」 「ああ、おかげさんで元気になりつつあるよ、野球部のエースといい関係みたいだ。実は彼女の様子を窺いに来たんだがエースのちゃりんこがあったからそれで先にこっちへ寄ったんだ」 「あらそうですか、ついでに寄ったわけね、でもいいわ来てくれたから許してあげるわ。でも良かった、立ち直れて、なんか気になっていたのよね彼女を、自分と重ねるつもりじゃないけど」  よし乃はゆであがったそら豆を布巾に包めて水気をとり、竹のざるに盛って俺と先輩にそれぞれ差し出した。 「よっちゃん適当に塩かけちゃってよ、俺、手汚いし」  よし乃は笑って竹ざるを引き戻し先輩にも目配せして両方に塩をふってくれた。 「でも大丈夫なの、高校生の男女に遠慮し過ぎじゃないの、教育者として心配じゃない?」 「そうなんだ、野球部のエースはしっかりしたやつで男女間の間違いはないと思うんだ、ただその子は野球で進路が決まっているからここでくじけると楽しみにしているあいつのばあちゃんが可哀想でな」  よし乃の表情がきつくなったのは俺の気のせいではなかった。エバよりも雄二を優先した俺の発言に、深い意味はないが、パトロンとの関係がぎくしゃくしている今のよし乃の顔色を変えるには充分だったのだろう、子供とはいえ女より男を庇ったのは俺の失言だった。 「やっちんもあまいわ、十五の女は子供じゃないわ、十八の男の脳は幼稚だけどね。その幼稚さが不幸にするのよ。まあいいか、濁り酒やる?」  雲行きが妖しくなると吹き飛ばしてくれた。しかし咽喉元で出番を待機している言葉をもう一度大脳に戻し、篩にかけて選別された優秀で森羅万象誰に対しても差し障りのない言葉を発する作業は非常に疲れる。いったんアルコールで緩くなった脳みそに仕事をさせるのは残酷だ。大体それまでして飲むメリットはあるのか、疲れを癒してくれたり、他人にとってはくだらない悩みを一時の間だが忘れさせてくれるから酒を利用する。よし乃に惹かれる気持ちは褪せてはいないが、飲み屋『よし乃』に魅力を感じなくなってしまった。 「今日は遠慮しとくよ、酔って説教すると凶暴になるから。ところで今度よっちゃんドライブ行かないか?自分の車は持ってないけどおやじの借りられるから」 「覚悟できてる?命がけよあたしを連れだすのは、ははっ冗談、うれしいわ」   よし乃が言ったように覚悟が必要かもしれない。あのパトロンを筆頭に彼女を取り巻く連中は油断できない。
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