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「俺は昨夜、ジョセフ神父の宿泊先でお前から相談受けたことをそのまま伝えた。そして話し合い、二人の意見をまとめた。それを今日の昼にエバのお母さんに報告してきた。まあ俺はいただけでほとんどジョセフ神父が段取りをつけてくれたんだけどな。ちっきしょう蚊がいるなあここ。それで俺達がまとめた意見は、エバに子供を堕ろしてもらう、それも大至急、可哀想だけど事故と考えてもらって忘れて欲しい。まあ神父なら巧みな言葉を使って内容を説明してくれるだろうけどな、まっ、大体そういうことだ。母親はエバの様子を探るから、四、五日間の猶予を与えてくれないかと言ったが、基本的には俺達の案に賛成のようだ。すべて神父に任せるとも言った。エバの妊娠を知ってるのは本人を含めた五人だけだ、なあ雄二、医者も俺と神父でなんとかするし、このまま事実を隠してしまおうじゃねえか、まだ人間の形になってねえうちにきれいな身体にもどって、普通の女の子になってもらおう。だからお前もエバに相談されたらそう説得してくれないか、今のお前を彼女は頼りにしている、もしかしたら、神父以上に、母親以上かもしれない、お前の一言が彼女を動かすと思うんだ」
「やっちん先生、俺はどうしたらいいんです。エバが好きでした、でも妊娠を告白されてから微妙に気持ちが変化したんです。もしチャンスがあれば抱いていたかもしれない、ただエバの身体が目的で付き合い始めたのかもしれない」「いいからお前はそんなこと考えるな、いいか余計な心配するな、今は野球だけを、進学だけを考えていればいい」
雄二のエバに対する心境の変化に焦った俺は、曖昧な助言になってしまい苛立たしさを感じた。『彼女に何があろうと僕の気持ちに変わりはありません』と言ってくれればどれだけ力になれただろうか、図体は俺と遜色なくてもまだ高校生の雄二にそんな気の利いたセリフを期待したのが間違いだ。18歳のむんむんと発せられる爆発寸前の性欲は、可能性がわずかでもあればそのはけ口を見逃すわけがない。俺達がそうだったじゃないか、愛だ恋だと言っても抱く事、やる事、が最優先だった。雄二もそうに決まってるんだ、しかし運悪くというか、その対象に問題があった場合は子供の脳みそじゃ解決できずに逃げ出す。雄二が悩んでいるのもそんなとこだろう。それにもし当事者が雄二でなく他の生徒だったらここまで介入しただろうか、うちの借家で生まれて、それから18年間、俺の齢の離れた弟のように接してきたからここまでしているのかもしれない、雄二がプロの選手になったら、あいつは俺の弟分だと自慢したいからこれほどまでにやっているのかもしれない。冷静になってこの問題を思い返してみると、昨夜神父に強い口調で堕胎を進言した自分に鳥肌が立ってきた。ジョセフ神父が昼間喫茶店で俺に確認したのもそうだろう。読みの深さを自慢したつもりだが、実はあさはかさを粉々に砕かれたのだ。
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