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「自分ばっかりそんなに入れて」
顔を見合わせて笑ってしまった。こうやっておふくろと向かい合ったのは暫くぶりで、もしかしたら学生時代まで遡るかもしれない。
「お父さんとはお見合い結婚でしょ、好きも嫌いもなかったのよ、一緒になってからお互いが好きになる努力をしたの。その結果がおまえであり、義正なの」
「気持ち悪りいなあ、ああ気持ち悪りい、だめだもう一杯飲まなきゃ聞けない」
おふくろもグラスを差し出した。二人のグラスに注ぐと、残りはビン底を隠す程度になってしまった。
「こりゃあバレるな、明日買っとけよ、あとで俺が金払うから、とりあえず、おふくろ立て替えておいてくれ。忘れんなよ」
「絶対に忘れません」と言ってメモ用紙に『やすお、ボトル一本』と書いて冷蔵庫の側面に磁石で貼り付けた。
「なんだそれ」
「身篭った女は急に強くなるのよ。絶対に守らなければいけないって」
「それが誰の子であってもそう思うかなあ」
「安男おまえまさか」
「違うよ、勘違いすんな」
「お母さんはそう思うわ、父親が誰であろうと。少なくても処分しようなんて考えないでしょうねえ、自分の体内に宿し、同じ血を巡らせて生きて行く人間の子を殺せないでしょう。どんなにその父親が弱くて醜い性格であっても、その子の将来は育て方が大きく作用すると思うわ」
おふくろはいつの間にか俺の前で女になっていた。寝室におやじと旅行した若いときの写真が、白い写真立てに飾られているがその中へタイムスリップしたようだ。
「おやじと旅行に行ってこいよたまには」
「なかなか休み取れないでしょ、今は我慢してあと三年で退職だからそうしたら世界一周でも連れて行ってもらうわ」
洋上でおやじと腕を組んでいるロマンチックを想像しているのか頬杖をついてニヤニヤしている。俺はグラスの残りを一気に煽った。いつもなら『めし』とおふくろに催促するのだが、空想の世界をぶち壊すのが悪くて自分でどんぶりにめしを盛った。めしの上にぶたのしょうが焼きとキャベツの千切りを適当に乗っけ盛りにして、皿に溜まったにんにくのたっぷり効いたたれをぶっかけて喰らいついた。肉、キャベツ、めし、キャベツ、肉、めし、肉肉めしめし、あっという間に平らげた。空想の風船が目の前でバチンと音をたてて割れたのか、おふくろは俺のことを生ごみを見る目付きで一瞥してトイレに発った。おふくろが廊下を踏み締めるメシッという撓り音が七歩目まで聞こえた。
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