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今日は終業式で明日から夏休みだ。三年生にとってこの休みは非常に貴重な時間となり、人生の進行方向に影響を与える。性の儀式をこの夏に体験する子も珍しくない、男子も女子も、それを自慢されると出遅れたと思い込み、焦りを感じて無茶なアタックを試みるが、二学期が始り、焼け付く太陽に惑わされた開放感も秋には冷めて焦りは空振りとなる。そして翌年の夏までお預けとなって悶々とした一年を過ごすのである。俺も徹平に焦りを感じた憶えがあるが思い起こせば生涯地元から離れられない環境にある俺にとっては結果オーライだったような気もする。
クラブ活動で残る一部の子供達以外はすべて下校した。にょっきり手足の一年坊主もケツのポケットに櫛を差し込んで、垂れた前髪をかぶりを振って整えるという見ていて鳥肌が立つような小技を身につけたガキもいる。つい最近まで永遠の親友を誓っていたどろんこ遊びの仲間はもう周りにはいない。しかし校門を出て坂を下る生徒達全員が楽しそうにはしゃいでいる。やはり勉強するより遊んでいた方が大人も子供も楽しいに決まっている。
「やっちん先生、すいませんけどお先に失礼します」」
「吉川先生夏休みのご予定は?」
ノースリーブからはみ出した腕は白く透き通っていて、上等なハムに見えてしまい齧り付きたくなるほど美味そうだ。
「特にありませんけど避暑地に行って読書でもしたいわ、誰か誘ってくれないかな、やっちん先生は?」
「俺っすか?俺はうちでごろごろしてるでしょうねえ、秋に台湾へ行きますから金残しておかないと、ビールでもかっ喰らって北京語の通信教育でもやってますよ。予定ができたら遠慮なく言ってください。俺代わりますから」
「ありがとうございます。でも予定表通りに出勤しますからやっちん先生も安心してお休みください。では」
吉川先生の釣鐘スカートとフリルのついた日傘はどちらもコスモス柄だ。横に広がって歩く学生達の隙間を縫うように巨体を進めていく。笑顔の行列が坂ノ下から校門まで続いている。こんな楽しい終業式に地獄の苦しみを課せられた少女がいる。その少女は今日も欠席している。雄二から相談を受けた翌日からもう五日間無断欠席をしている。担任の田中先生が何度も自宅に電話しているようだが本人は出ず、母親がたどたどしい日本語で「スイマセン、アシタマッテ」と繰り返したそうだ。明日というのは今日で、今晩彼女宅で、処刑判決を十五歳の少女に言い渡すのだ。
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