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「もう一度俺がやりますから、高校野球のエースだった人に投げ方を指導するのも変だけど、やはりオーバースローがいいですね」
ブルッブルッブルッと斧の歯が空気を切る重い音をたてて、やはり三回転して喰い込んだ。今度はど真ん中に完璧な角度で的を射た。歯の上部の鋭いトライアングルの先端からぶち刺さっている。斧の柄が小刻みに振るえている。「どうですか、これ完璧ですよ」
中川先生はフリスビー犬みたいに俺が投擲するたびに走りより斧を持ち帰ってきた。
「さあ先生どうぞ、的に神経集中するのはいいんですけど振りかぶったとき頭にも気をつけてください、特に耳なんか、柄の握りが緩んで投げる瞬間に回転してしまって刃先が擦るなんてこともありますからね、これはボールとは違いますから、触っただけでけっこういい傷になってしまいますよ、はくがついていいか、生徒達おとなしくなったりして」
中川少年は俺のジョークになんの反応もみせず、投擲を繰り返した。さすがエースだけのことはあって的には八割の確立で命中させた。しかし的に当たるのは柄であったり、頭の部分であったりと刺さるまでには至らなかった。
「中川先生それで最後にしましょう。最初から根っこに投げ刺すのは無理ですよ、俺なんか二年かかっているんですから」
彼は納得いかないようで、しきりに首を傾げていた。
「うまく刺さらないないなあ、やっちん先生みたいにグサッといかないもんですかねえ。悔しいなあ」
「中川先生どうですか、八月八日の登校日にまたやりましょうよ、どうですか?」
「はい、是非お願いします、ところでやっちん先生その鎌は?」
「これですか、中川先生には目の毒だなあ、まあいいでしょう、俺が一回だけ投擲してみましょう、これはだめですからね、俺の秘密兵器なんすから、触らせませんよ」
この鎌はうちの曾じいさんが昔、鍛冶屋に特注で作らせたもので、従来の鎌より肉厚で重さも倍はある。きれいな三日月形はブーメランを連想させる。うちの物置で錆び付いていたのを俺が学校の技術室で入念に砥いだのだ。柄は握りやすく細く短く改良した。鎌はオーバースローよりサイドスローの方が投げやすく命中率もいい。俺は両手を広げ、右に二歩移動しながら身体を大きく捻り、スナップを利かせ三日月を投げた。ファファファファファと回転音たてて的にのめり込んだ。こんなカッコつけたオーバーアクションで投げなくても良かったのだが喰い入るように見つめている俄か少年に失礼のないようにしたまでだ。
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