いつかの夏の隠し事

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「失礼しました。」 重い扉をゆっくり閉めると、日の暮れた誰もいない廊下の中でようやく一人きりになれる。「ふう」と大きく息を吐くと先生に作ってもらった志望理由書をカバンへと仕舞い、代わりにスマホを取り出した。 「うわ、もうこんな時間。」 先生との面談は思っていたよりも長く続いていたようだ。 でも別にそれ自体は良かった、大学に推薦をしてもらう以上必要な時間だから。 (こんな日々があと何日続くのかな)、 (合格さえ取ってしまえば楽になるかな)。 「…ううん、今日はもうやめやめ。」 ずっと付きまとう憂鬱な気持ちを手で払いながら、追いつかれないよう、足早に玄関を目指す。 しかし玄関にたどり着く前。私の教室である3-Bの前に差し掛かった時。真っ暗な教室の中をせわしなく動く人影が見えた。 (一体こんな時間に誰が? もう今日は閉門の時間なのに…仕方ない、教えてあげるか。 平常点はいくらあっても問題ないし。) 「そろそろ閉門だよ。 閉じ込められたくなかったらそろそろ帰らないと…。」 「あ、副委員長!?ちょうど良かった…。 ごめん、マスクか何か持ってない? 顔を隠せたら本当何でもいいんだけど。」 暗闇の中から食い気味に現れたのは同じクラスの松川君。 いつもマスクを付けて、1人でいる彼は普段以上に饒舌…というか不審だった。何せ「ぜえぜえ」と息を切らして、左手で顔の下半分を覆い隠したまま現れたのだから。 「えっと………。自首なら手伝うけど。」 「いやいや犯人の覆面とかそういうのじゃなくって! うーん、説明難しいな。仕方ない、これ見て!」 彼は渋々といった表情でポケットから1枚のカードを取り出した。 「特異人種 証明書」 それは俗に言う「人外」、人ならざるものであることを証明する1枚のカードだった。ニュースや新聞で聞いたことぐらいはあるが、現物を実際に見るのは初めてだ。 何せ、このカードを所持する人は少ない。 現在世界では、空想の存在とされてきた妖怪や魔物は一部存在していることが確認、報告されている。教科書に載っている情報によると確認された種は基本的には人型で、彼らは「何世紀も前に人から分かれて進化した、特異で、人とは異なる力や外見を手に入れた種」である。 しかしそんな彼らは長い迫害の歴史と、人よりも妊娠率が低いという共通した体質から現在まで生き残っている種は少なく限られている、らしい…。 「そうそう、それでもうちょっと下見てみて」 「松川 大地。吸血鬼…。」 「そうそう、吸血鬼!俺のひいひいおばあちゃんが吸血鬼って呼ばれてる人種で若干遺伝してるの! ちょっと夜目が利いて、血を見たり飲んでもうぇってならないだけで血は飲まないから安心して。」 「そうだったんだ。 …でも吸血鬼だからって顔を隠す必要はなくない? ぱっと見分からないし。もう外ももう人いないよ。」 「うううううう、それはあれ。コンプレックスの話で…」 「コンプレックス?」 彼はいつも学校で会う時のように、背中を丸め俯いた。 「俺、仮にも吸血鬼なのに八重歯が無いの八重歯。 それがもう恥ずかしくって、顔隠さないと外歩けなくってさ。」 「たしかに…吸血鬼のイメージとは違うかもね?」 実際に吸血鬼、だと不便な問題なのだろうか。 いまいち共感し難い話題に、曖昧な返事しか出てこない。 「本当それなんだよね! 昔どこで情報手に入れたか分からない女の子にも 「大地くんって吸血鬼なのに八重歯ないの?騙された気分だわー」 とか言われてさ。無理なの無理!絶対無理!」 今までため込んでいた何かが爆発してしまったのだろうか、 彼は拳を握りしめ力説を始めたが無慈悲にも 「閉門時間です。校内の生徒は速やかに帰宅して下さい。」という校内放送にさえぎられてしまう。 が。まずい、時間のことを完全に忘れていた。入試前に先生と揉めるのは本当にまずい。今すぐ校内から出ないと…! 「あ、私もう帰らないと。 えっと…そうだこれ使って。 不審な見た目になるかもしれないけど…。」 ポケットから取り出した1枚のハンカチを彼に押し付ける。 手で顔を隠しているだけよりは効果もあるだろうし、もしかすると体調が悪いだけの人に見えなくもない。 「それじゃあ」と言い残し、私は慌てて教室を飛び出した。
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