桜の季節(前編)

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桜の季節(前編)

 今年も春が巡ってきた。  満開の桜が公園各所に広がる。爛漫(らんまん)と、壮観に。  花見客が座席を予約しに来たのだろう。いたるところでブルーシートが広げられている。  まだ午前中だというのに、まだ若そうな気の毒なスーツ姿の男性。いかにも酒盛りが目当てのような、中年のおじさん。桜より恋が目当てのような、薄いワンピースを着たいかにも大学1年の小娘たち。  酔っぱらったら暴れそうな、耳に銀色のピアスをつけ、髪を金髪に染めた若者。  山本秀一郎(やまもとしゅういちろう)は、公園を見下ろす小高い丘の上で、今年3歳になった息子と遊んでいた。    丘の上には高低様々な突起があり、息子の悠馬(ゆうま)はピョン、と飛んだり、小さい身体全身を使って登ったりしている。  秀一郎は、悠馬の姿を見守りながら、桜の咲いた公園を一瞥(いちべつ)し、ふとため息を吐いた。 「秀ちゃん、まだ、春の公園ダメなの?」  耳元で妻の声がした。  優実(ゆうみ)は、決して美人とは言えないのかもしれないが、いつも笑顔を絶やさない丸顔で、気遣いは日本一だ。 「まぁ、色々あったからね」  秀一郎がこぼすと、 「そうかもね」  と返事が返ってきた。その間にも、駆け寄ってきた悠馬のヒザに付いた泥を落としている。 「今年も桜祭り、出ないの?」 「ああ。俺は桜が嫌いだし、ほかにもっとやることがあるから」 「そっか」  と優実がうなずく。  秀一郎は優実の額に軽くキスをした。 「パパ、アスえチック、たのしいね」  気が付くと悠馬が、秀一郎の足にしがみついていた。 「うん、楽しいね」  あいづちを打つ。    だが、秀一郎は知っている。この突起が、何を意味するのかを。
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