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「──夕飯、食べてくから」  息子は突然顔を出してそう言った。 「「えっ!?」」カミさんと私は予想外の展開に声をあげた。  いやいや、早過ぎる展開だろ。別に結婚するわけでもないのに。だが誘ったのは息子らしいので、こちらが断るという選択肢はなかった。  カミさんは慌てて用意を始めた。 「材料が間に合わない。お鍋でいいかしら!? 一つの鍋を囲むとか平気かしら。そういうの駄目な子もいるみたいだし」  カミさんは慌てて息子に確認しに行った。どうやらそういうのは気にしない子らしい。よかった。  私たちは何故か四人で食卓を囲んでいた。  息子は気を遣って彼女のお椀によそってあげていた。そういうところもあるんだなと感心した。  彼女が嬉しそうに食べる姿は小動物のようで微笑ましかった。カミさんもそう思っていたに違いない。 「ちゃんと食えよ」  息子がそう言うと彼女は頷いた。 「ちゃんと食わねえと大きくならねえだろ」 「もう成長しないってば」 「それじゃなくてもあんま食わねえのに」 「食べてるってば」  そういえば彼女はずいぶん食べるのに時間がかかっているような気がした。ゆっくりなのだ。それはそれで悪いことではないと思うが。  俺の視線に気がついたのか、彼女はすまなそうに眉を下げた。 「すみません。食べるのが遅いんです」  聞けば食べるのが遅くて揶揄われているところを、たまたま通りかかった上級生の息子が助けたのが出会いだったらしい。 「小さい頃、大きな手術をしたんです。それもあって食べるのが遅いっていうか」 「お腹とか悪かったの?」カミさんが尋ねた。 「いえ。悪かったのは心臓だったんですけど、心配でゆっくり食べるのが癖になっちゃって」 「心臓? 大変だったわね」 「はい。それでアメリカに渡って手術したんです」  うん? どこかで聞いたような。 「あの、もしかして馬とか好きだったりする?」 「はい。父が昔厩舎で働いてたことがあって。私の名前も馬から取ったって」  そう言って笑った。 「なんて名前なの?」 「玉藻です」 「もしかして〈タマモクロス〉から取った?」 「はいっ! さすが詳しいですね。聞いてた通りです」  何か思い出してきたような。 「その心臓手術の時に費用の寄付を募ってなかった?」 「はい。そう聞いてますけど」  重なる部分はあるけれど、酔っ払っていたせいか細部が思い出せない、それに昔のことだし。彼女は不思議そうに俺を見ていた。 「昔競馬で大穴当てて、寄付したことがあってさ。それを思い出しちゃって」俺はなんとなくその場を和ますためにそう言った。そしてなんとなく笑って誤魔化した。それに俺は騙されたんだから。けれどこんな子を助けたかもしれないと思えたらいいな、なんて思った。  彼女はちょっと行儀悪いですけど、と言って席を立った。息子はあたふたしながらも俺を睨んだ。ごめん。確かに俺が悪かった。  彼女はすぐに戻ってきた。手には可愛らしい手帳を持っていた。俺のそばに立つ。 「あの、もしかして〈オオアナイチバン ケイバダイスキー〉さんですか?」  そう言って通帳のコピーを俺に見せた。 「お礼をしたかったんですが、名前も住所も電話番号も載ってなかったので」  俺はそのコピーを凝視した。確かにそんな分かりやすいダサい名前は俺しかいないだろう。 「い、いや。どうだったか覚えてないけど」 「〈ケイバダイスキー〉さんのおかげで手術ができたんです。いつか会えたらっていいなって、お守りでこのコピーは大事に持って歩いてるんです」 「そ、そうなんだ。あ、会えるといいよね」  どうしてなのか、なんとなく誤魔化してしまった。今さら言い出しにくかったのかもしれない。それになんだか息子に怒られそうな気もしたからだ。
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