1

1/1
前へ
/5ページ
次へ

1

 競馬好きはいくつかの種類に分けられる。人気の馬を狙う者、血統にこだわる者、パドックの馬を目を皿のようにして吟味する者、そして大穴狙い。俺は間違いなく〈大穴狙い〉だった。  とにかく万馬券を狙う。当たれば天国、外れて当たり前のような世界だ。 「──嘘、だろ」俺は缶チューハイを片手にテレビの前で固まっていた。冗談みたいな倍率のレースで、絶対にないと余裕で見守っていた。だが番狂わせが起きた。人気の馬の進路妨害。それに巻き込まれた馬達。そんな中、ケツから二番目を走っていた最低人気の馬が本気を出した。見事一着を奪ってしまった。  馬券を持つ俺の手は震えていた。缶チューハイの存在など頭になかった。  換金した。家から持ってきたファスナーがちゃんと閉まるスポーツバックに札束を詰めた。盗まれないように抱き抱えながら家に戻った。家についた頃には足がガクガクしていた。  冷蔵庫には今日はもう買いに行かなくていいほど酒が詰まっていた。俺は嬉しくなって缶チューハイを飲みながら、このカネを選り分ける。友人に借りてるカネ、家賃を更新するときに必要な分を取り分ける。それでも札束はほとんど減らなかった。残りの使い途など決まっている。競馬だ。  今日はレースがない。地方競馬は主要なレースしかやらないのが俺の主義だ。そう思って祝い酒とばかりに酒を飲みまくる。いい感じで酔っ払ってきた頃、やっぱり競馬がしたくなった。確か大井競馬場ではトゥインクルレースがあったことを思い出す。俺は覚束ない指でネットで検索する。トゥインクル、トゥインクル……。  すると画面には馬があらわれた。馬を見てはしゃぐ少女の画像だった。これはトゥインクルレースの情報ではあるまい。閉じようとするととある文字が目に飛び込んできた。 『この子を助けてください!』  どうやらその小さな女の子は三歳で心臓に重い疾患を抱えてしまったらしい。その手術費用の寄付を呼びかけるサイトだったのだ。母親の悲痛な訴えを読んでいたら、泣けて泣けて仕方なかった。いや酔っていたんだろうし、先日気に入っていた馬が病気のために安楽死させられていたのも重なったのだろう。何故か俺は寄付するボタンを押していた。そして振込み先をスクショすると、鞄を持ってATMに向かった。そして札束を機械に放り込むと、そのまま振込先を指定して完了を押した。  いい気分だった。俺は今日いいことをしたのだ。そう考えると酒も美味く感じた。そしていつもの三倍は飲んだような記憶がある。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加