恋愛魔法

1/11
前へ
/11ページ
次へ
『それでは、今からあなたに魔法を掛けたいと思います。準備はよろしいですか?』  カメラに向かって健人が自信ありげにそう話し始める。カメラは彼を映すために設置してあるので、私の顔は映ってはいない。後ろ姿だけだ。 『はい』と私が答えると、彼はテーブルに敷いた緑色のマットの上にトランプの箱を置いた。それを開封してカードの束をマットの上に置く。何の変哲もないトランプの山だ。  健人はその山札を持ち上げて、手慣れた手つきでシャッフルしていく。 『では、この中から一枚、好きなカードを選んでください。それを選んだら、数字を確認して胸の前に隠しておいてください。もちろん、僕には見せないように』  彼に言われた通り、私は健人が差し出したトランプの中から右手で一枚だけを引いて胸の前に持っていく。健人が後ろを向いている間に、私はそのカードを確認した。  スペードの3。それがわかるようにカメラにも映して。 『見ましたか?』 『はい』  私は選んだカードを彼に見えないように胸の前で隠した。こちらに振り返る健人。 『じゃあ今から、あなたが引いたその数字に魔法を掛けます。そのカードが何のカードなのかに関わらず、僕の魔法でその数字を変えてみせます。カードをここへ置いてください』  彼に従って選んだトランプを裏向きにしてマットの上へ置く。  すると健人は顔の前で指をパチンと鳴らし、そのカードに念を送るように右手を出した。 『はあぁぁぁああ』  力強くそんな声を出した彼。手のひらから魔法が掛けられるそうだ。やがて、右手を戻すと健人はゆっくりと口を開いた。 『あなたが選んだ数字は何でしたか?』 『えっと、スペードの3です』 『本当ですか?』 『はい、本当です』 『本当に? ハートのエースじゃなくて?』 『いいえ、違います。さっき確認しましたので』 『それでは、カードを捲ってください』  そう言われて私はカードを捲る。出てくる数字はスペードの3のはず。  でも、実際はそうならなかった。  表向きになったカードは、ハートのエースだった。 『えーー! うそぉぉぉ!』  驚き過ぎて大きな声が出てしまう。 『これが僕の、魔法です』  自信満々な表情を浮かべた彼は、最後にキメ顔を向けて動画は終了した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加