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練習用に撮影されたその動画。彼は納得がいっていないのか、頑なにネットにアップをしようとはしない。
私は定期的にその動画を見ている。
彼の魔法に掛かっているようで、心地いいのだ。
ガチャ、という音が聞こえて玄関の扉が閉まる音が響いた。
「ただいま」
「おかえり」
荷物を床に置いた彼は、スーツ姿のままソファに腰を下ろした。
「いやぁ、疲れた」
「お疲れ様。どうだった?」
「まあまあかな。客の反応も良かったし、満足させられたんじゃないかなって感じ」
「そう。それは良かったね」
私は自然と彼の指先に目を向けてしまう。
細くて長い綺麗な指。私が一目惚れをした指だ。
「あー、腹減ったなぁ。ギャラも出たし、飯行くか?」
「行こ行こ! お腹減ったぁ」
「よし、行くぞ」
「やったー」
先程まで見ていた動画のことは触れずに、私はスマホを鞄の中へとしまった。
部屋を出ると、冬の寒気が私たちを襲う。
息が白く染まり、耳や鼻が凍るように冷える。趣味で編んだ私のマフラーを健人はちゃんと首に巻いてくれている。それだけで嬉しかった。
私は彼の腕に掴まり、暖かさを感じていた。私が一番安心する場所だ。健人の腕の中ほど安全なところはない。
「何食べる?」
「なんでもいいよ」
「ことみはいっつもそれじゃん」
「だってなんでもいいもん」
「じゃあ、ラーメン」
「えー」
「なんでもよくないじゃん」
「えへへ」
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