恋愛魔法

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「正直言ってさ、騙されたよ」  中華料理店へ入り、ビールを飲みながら健人はそんなことを話す。アルコールに弱い彼は、顔を赤くしながら語る。それは昔のことばかり。 「有名なマジシャンをテレビで見てさ、俺は憧れたんだ。あんな風になりたいって。だから大学も辞めて、マジシャンを目指した。でも、現実はそう甘くはない。テレビに呼ばれるのはほんの一部の人間だけだ。あいつらはいい家に住んで、外車を乗り回してる。俺よりも後に入ってきた若者が、今やカリスマだからな。結局世の中顔かよ、とも思ったけど、やっぱり実力かな。はは。あーあ、騙された」  自虐的に笑う健人は、どこか寂しそうだった。それでも辞められないのは、勇気の問題か、それとも意地か。 「私は好きだよ、健人がマジックしてるところ。カッコいいよ」 「お前だけだよ、そう言ってくれるのはさ」  そんなことを言いながら彼はグラスを傾ける。顔はゆでだこみたいに赤い。  最終的に、お会計は私持ちだった。彼はお金を払う素振りを見せるものの、実際に財布からお札を出すことはなかった。でも、それでいい。彼のためになるのならば、彼が喜んでくれるのならば。 「ごめんな。必ず売れて有名になるから」  その言葉が私を癒やしてくれる。お店を出たところでキスをした。白い息が重なる。人が見てる。そんなことお構いなしに。 「ことみがいなきゃ、俺はなんにもできないんだよ。どこにも行かないでくれよ」 「うん。行かないよ」  強く抱きしめられると、体が熱くなる。  私はそのとき再確認する。この人を支えるのは私だ、と。
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