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私の頭の中には、困っている健人の姿が浮かんでいた。頭を抱えて落ち込んでいる。彼を支えてあげられるのは私だけ、そう思った。
藤井さんは何度も私の提案を拒絶する。おかしいって、おかしいって絶対、と言って。
「マジでさ、何がいいのあの人のこと。もうぶっちゃけるけど、健人さんて他にもお金貸してる奴何人もいるらしいし、ことみちゃんの知らないところでバーのお客さんの女の子と遊んでんだよ? あの人はマジで最低な人間なんだって。悪いことは言わないから、早く別れた方がいいよ」
聞いたことのない話に私は驚きながらも、段々と怒りが込み上げてくるのがわかった。
「……あなたに何がわかるんですか。健人には私がいなきゃダメなんです。私しかダメなんです。勝手なこと言わないで」
無理矢理電話を切った私は、その後送られてきたメールに書いてあった口座にお金を振り込んだ。
健人は悪気があったわけじゃない。忘れていただけだ。いつも優しくて、私のことを第一に考えてくれる。お酒を飲んで酔っ払うと嬉しそうに夢を語り、「いつか有名になったらさ、好きなもの買ってやるよ」と言ってくれる。
あのキラキラとした瞳の健人が好き。他人にはわからなくても構わない。私だけが彼を信じているのだから。
その日の夜、仕事から帰ってきた健人は荷物を置くなり私を抱きしめた。
「やった。次のステージなんだけど、SAZANAMIのあの小さいステージを地元のテレビ局が取材に来るらしいんだ。そこに出演することになった」
「そうなんだ、すごいじゃん」
昼間の電話のことなど、彼の笑顔で全て消えた。
「ああ。これはまたとないチャンスだ。だから、そのステージで魔法を使おうと思う。そんでことみにも来てほしい。一番前の席用意しとくからさ」
「うん。ありがとう」
「ちゃんとジャケット着てこいよ。ビシッとしなきゃ」
「うん。そうだね」
「なんで泣いてんだよ」
「あはは、なんでだろう」
彼は指先で私の涙を拭ってくれる。綺麗な指先で。それが嬉しくて嬉しくて。ああ、この人なんだ。この人がいなきゃ、私はダメなんだ。そう思えた。
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