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それから時間が経ち、健人の他に参加していたマジシャン仲間たちは次々と番組に呼ばれていく。深夜のバラエティ番組や、朝の情報番組、ゴールデンタイムの時間帯にマジックを披露する者もいて、テレビの力の凄さを感じた。
しかし、一ヶ月、二ヶ月と時間が経過していっても、健人には仕事のオファーは来なかった。
それどころか土日の営業やイベントの依頼すらも減っていき、彼のスケジュールはいつの間にかほとんどが真っ白になっていた。
何があったのかはわからない。でも、若くてカッコいいマジシャンが次々と出てくるこの世界。勢いに呑まれたアラサーの売れないマジシャンに価値はないんだ、毎日のようにお酒を飲んではそんな愚痴を繰り返す健人。
そんなことないよ、と必死に励ましているが、彼の耳には届かない。
「お前もさ、わかってんだろ? 俺じゃあもう無理だって。どうせ売れないだろうってさ」
「そんなこと思ってないよ。健人ならいつか絶対」
「いつかって、いつだよ。いつなんだよ。教えてくれよ。なあ? なあ?」
パリーン! というガラスが割れる音が響き、床にグラスの破片が散乱した。彼が叩きつけたからだ。
こんな彼を見るのは初めてだった。物に当たるような人じゃなかったのに。
席から立ち上がった健人は、壁を殴り付けた後、部屋を出て行った。
私は震える手で口元を押さえることしかできず、その場に立ち尽くしていた。
どうしてこんなことになってしまったのか。私は何をすればいいのか、もう何もわからなかった。少し落ち着いてから床に散らばったガラスを集めてビニール袋に入れていく。取りきれなかった破片が残っていたのか、一瞬痛みが走り、指先に赤い玉が浮かんでいた。
涙が溢れてきて、それを留めることもできなくて。なんだかやりきれなかった。
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