宿り木

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「寂しく思っておいでだろうと始終あなたのことを思っています。近い所には自分の思いごとに同情してくれる者もありませんからあなたと話すのを楽しみにして来たんです。女王さんが亡くなってから随分長い月日が経つと思いませんか」  眼に涙を受けて薫は言いました。  老人は咳き上げて泣きました。 「ちょうどこの頃から小姫様のことで女王様のお気苦労が始まり出したのだと思いまして、秋はもう堪らなく厭で悲しゅうございます。やっぱりそれが女王様のお取り越し苦労ではなくて、二条院の奥様はお厭しいことになっていらっしゃることとも承りました。何という御不運なかたばかりでございましょう」 「しかし生きている人は長い間にまたどう運が変わるか知れない、何もあんなに気苦労をされないでもいい筈だったのですが、あくまであのひとを苦しめたかと思うと小姫様の結婚は私のさせたことだから今でも済まない気がします。しかし二条院の女王様はあなたの想像している程今だって惨めな目に遭っていられるのではありません。何といっても亡くなったひとは一番不運なのです」  薫もまた泣きました。  そのうちに来る忌日の法事のことをいろいろと命じたりもしました。 「こうしてこちらへ来るたびに余計に悲しくさせられるのだから、私はここの正殿だけを壊して持って行って、山の寺の傍へ堂を建てようかと思います。それも来たついでに決めて行きたいと思うのです」  薫は建てようとする堂の設計を、僧房がいくつ、堂がいくつという風に書いてみました。  それ程の功徳のあることはないと尼は横から言うのでした。 「八の宮さんがお好みになってお建てになった家を崩してしまうのは済まないようでもありますが、宮様も実はここを寺にしたい思し召しであったろうと私は思う。ただ女王の為にと思ってそのままにされていたものらしい。私は初めはこのままで寺にしようと思ったのですが、ここは今では二条院の女王の財産によって、いわば兵部卿の宮様のお邸のひとつなんですから、寺にするのはいけないと思うので、それでそういうことにするのです。またここは寺にするのにはあまり川に近くて水の音が喧し過ぎますね」 「どの方から申してもこんな結構な思し召し立ちはございません。昔はこんな話があるのではございませんか、妻に死に別れたのを悲しがって、女の骨を幾年か頸に掛けていましたのを、仏様が御方便で骨の袋をお捨てさせになりましたので、その男も立派な悟りを開いたと申します。この御殿はあなた様を悲しがらせて、煩悩をお起こさせする骨の袋でございますから、そうしてしまうのがよろしゅうございます。あの世の八の宮様や女王様の御為にもおよろしいことでございます」  薫は領地預かりの男を呼んで、建築する御堂の普請について阿闍梨の指図通りに費用を弁じることなどを命じました。  陽が暮れたので今夜は山荘で寝ることにした薫は見納めであると思って、座敷座敷を見歩きました。
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