紅梅

5/8
前へ
/236ページ
次へ
「誰か姫様に琴をおあげなさい」  女達は大納言を恥ずかしがって隠れるようなことも今ではあまりありません。  ただひとり若い身柄の良い娘らしいのが顔だけを見せないでいました。 「姫様を真似してお前達も私に他人らしい風を見せるんだね」 などと大納言は戯れていました。  若様が宮中へ行くので挨拶に来ました。  美しいと思い、大納言は満足した笑顔で子を見ているのでした。 「麗景殿で母様にね、あなたに任せて安心しているから、今晩も多分行かないことでしょう。それに加減も少し悪いからと言うのを忘れないでおいで」 と、子に教えておきました。そして、 「笛を少し吹いてごらん。主上の御前で笛の役をお勤めしたりするのに少しよく稽古しておかなくてはね」 と言うと、若様は嬉しそうにして笛を吹きました。 「だいぶ上手くなったね。こちらの姫様の琴に合わせていただくことがあるからだろうね」  姫にまた、 「さぁ、何か合わせてやってください」 と言いました。  姫は困ったような風をしながら、低い爪音を立てて始めました。  大納言は声拍子をとっていながら庭を眺めていましたが、縁に近い所の紅梅を見て、 「この気分に離れない紅梅が見たいね。兵部卿の宮さんは今日は宮中においでになるだろう。あのかたに一枝折って行って差し上げないか」 と言いそして、 「光源氏が所謂盛りの大将でいられた頃、私がちょうどこんな童で、お傍へよく行くことがあった時のことを私は忘れなられないよ。嬉しいものだったからねぇ。兵部卿の宮さんを今の世間では美男だと言って大騒ぎするが、実は光源氏のお傍へも寄れない程のもののように私などは思っているよ。子ども心に沁みた成果とも思うけど、そうばかりでも確かにない。六条院のことを思い出すと、私でさえ胸が苦しくなる程に恋しいが、身内のひとなどはあのかたにお死に別れした不幸さが思いやられる」 と、物哀れさを感じた風でいました。  家来を呼んで紅梅を折らせました。 「光源氏にお準えするのはやはり兵部卿の宮さんよりない世だから仕方がな い。あのかたに文でも差し上げるのを慰めにでも思わなければ」  独り言のように言って  心ありて 風の匂わす 園の梅を まず鶯の 訪わずやあるべき 紅い紙にこんな歌を華やかに認めて、匂の宮にお渡しするように、若様の懐紙に挟んで持たせました。
/236ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加