宿り木

23/34
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/166ページ
「どこにそのかたはおられるのですか。詳しく言って教えてください」 「詳しく申すと話だけであなたは厭になっておしまいになるか知れません」 「そんなことはありませんよ。もし私が恋しくそのひとを思うようになったらそんなものじゃないと思うますよ。場合によっては私は宇治の御堂の本尊にします」 「私はお父様の為に口軽な良くないことをしていると気が咎め咎めお話をしているのですよ。あなたが半神の絵師を捜す気になっていらっしゃるのですものね、お気の毒だからですわ。そのひとはね、母親が片付いた地方官の人の任地に今まで行っていましたのです。どう身の修まりを付けさせようかといって母親が心配して、そんなことも相談する気で私の所へ来たのだろうと思います。ちょっと見ただけだからかも知れませんけれど、品のない見苦しい娘だとは思いませんでした。けれど仏様なんかにはなれませんわ」 「仏様とは」 「あなたの御堂の本尊なんかって、そうおっしゃるから」  二人して笑い合いました。  自身の恋を避けようとする心から思い付いたことなのであろうと恨めしい気もしないではありませんが、流石にこの話は薫の心を引きました。  薫は自分の恋を受けることを有るまじいことと女王は思っていながら、はしたなめもしないのは自分の心をよく理解しているからであると嬉しく思い、夜が更けて行きますが帰ろうとはしません。  女王は男の気が付かないちょっとした間に奥へ入りました。  薫は口惜しさに鳴る胸が暫く静まりませんでした。  涙も零れました。  嘆きながら薫は二条院を出たのでした。  この苦しい心をどうすれば救うことが出来よう、世間の非難なども受けずにこの恋を遂げようとするのにはどういう手段を取ればいいのかなどと恋について多くの経験を持たないひとですから、自分の為にも女の為にも諦める他のない恋から離れることが出来ないで悶えるのでした。  似たと聞いてもその知らない人を故人の形見と思って自分は恋人にできるであろうか、と思うとそれも覚束ないことである、そんな知れた身分の官吏の家族になっている人であってみれば、自分が手許へ貰うことも容易いことであるとは思うが、自分を理解することも出来ず、また恋も何も自分に持たない女を自分のものにするだけではつまらないことであると、こう思う薫は、その方のことにあまり気が進まないのでした。  宇治の山荘を長く見ないでいると、恋しくて昔の日と今とが遠くなった気がしてならないので、九月の二十幾日に思い立って行きました。  山荘はこの頃の秋風と例の水音との中に寂しく置かれてありました。  家の中の人影などもほとんど見えない程少なく、弁の尼は呼ばれて出て来ました。
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!