宿り木

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 持仏は山寺の方へ持って行ったのでもうありませんでした。  弁の尼の使っている仏具が淋しくその間には置かれてありました。 「御殿はまた跡へすぐ建てることにさせますから、それまであなたは細座敷の方へでも行って住んでいるといいでしょう。それから二条院へ持たせて上がるようなものがあれば私の方から来る男に持たせてやって下さい」 などと薫は弁に言いました。  夜も尼を近い所に置いて話させました。  柏木のことも聞く人のない心安さに細々と語って聞かせました。  二条院から時々出て来るように言われるのですが、自分はもう阿弥陀仏以外に見ようと願う人がなくなったなどとも言います。  大姫のことをいろいろと思い出語りして、そのひとの時々に詠んだ歌などを震えた声で聞かせました。  薫は形代のことを言い出して、この人の口からも知ったことを聞こうとしました。 「私はその人のことは前に人の話で聞いたことがございます。まだ奥様のお亡くなりになって間もない頃のことで、まだお邸が京にあった時分でございます。中将と申してお勤めしておりました人に、宮様が御関係あそばしたのでございましたが、誰も存じなかったのでございます。中将がそれから女の子を生みましたので、宮様はそれでお懲りになりましてあの聖人のようなかたになっておしまいになったのでございます。その人は子どもを連れまして陸奥守に片付いて任地へ行っておりましたが、ある時京へ帰って来まして、姫様はご無事ですからと宮様に申し上げてくれと、元の朋輩の所へ行って参りましたのを、宮様はお聞きになりまして、何故そんなことを自分の所へ言って来るかと言えとおっしゃったきりだったそうでございます。それからまた常陸へ転任いたしました連れ合いと東へ行っておりましたのだそうでございましたが、この春京へ帰ったとかで、二条院の女王様を訪ねて参ったと申すことでございます。姫様のお歳は二十くらいになっておいでになるでございましょうか、美しいかただそうでございます。中将は姫様の七つ八つになっておいでになった時分の自身の悲しい心持ちを小説のように本に書いたとかいうことも聞いておりました」 と、言います。 「昔の女王さんに仮にでも似た人があるという話を聞いたら、私はどんな遠い国へでも尋ねて行く程の心があるのですから、女王様の妹に違いないそのひとを欲しいと思いますよ。私がこう言ったことを、話のついでがあったらあなたからそのお母様に言っておいて下さい」
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