匂宮

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 宮は明け暮れ仏勤めをしているけれども何程の自覚も徹底した信仰もないようなので、来世の贖罪も覚束ないといわねばなりません。  せめて自分の力で贖罪の手助けとなればと、宮の来世をせめて幸福なものにしたいとの想いで、子である自分が真の信仰に入って僧にもなろうと薫は考えているのでした。  亡くなった源氏の君も、自分の為に清い思いの中に時々は悶えの交ったこともあったであろうと思うと、是非来世でもう一度お逢いしてお詫びをしたいとの心も起こりました。  いよいよ道心が進んで、元服をすることなども初めは承知しなかったのですが、意志を立て通すことも出来ないでそれも済ませた後は、ただ外面から受ける好意で華やかなひとらしくみなされていました。  主上も母方の伯父として厚く可愛がりました。  中宮ももとより数少ない中の弟であり、ことに源氏の君が末に生まれた不幸な子であるので、元服した姿を見て安心することも出来ないで別れるといった哀しいことが始終思われ、心の中では我が子のようとも思っているのです。  夕霧もまた自身の子よりも薫の方を大切に思って気を付けるだけ気を付けて、歳の離れた弟を愛していました。  昔の光源氏は主上のまたとない御秘蔵でしたが、一方では嫉む人を持ち、また母方の勢力が微弱であった頼りなさもありました。  しかしその人格が優れていた為に百難に勝ち、仏への勤めまでも立派に果たして亡くなりました。  その子である薫は今から歳に過ぎた熱望を得ていて、自尊心の盛んなことは若者の中に稀なひとと言ってもいいでしょう。  それと言うのも仏の功徳が集まって生まれたひとであるからと人は思っていました。  誠に仏の化身であるのかと思われるようなことも多かったのです。  器量はどこと取り立てて美しいという質ではないのですが、ただ何とも知れない艶に品の良い、人柄のゆかしさの深く見えるところなどが万人に優れていました。  その身体はまた芳しい良い香りを不思議に纏っていました。  やや遠く隔たった所へもこのひとの追い風は香っていくようでした。  それは貴公子としてもとより身の嗜みに香を用いないではありませんが、香はかえってこのひとによって匂いが加えられている場合が多かったのです。  こんな香りを持ったことを羨ましく思ったのは兵部卿の宮でした。
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