回想

12/16
前へ
/17ページ
次へ
「イエ、ナンデモゴザイマセン。オミグルシイモノヲオミセシマシタ」 「ははっ。めっちゃ片言」  口元に(こぶし)をやり、くしゃりと笑ったレンさんだったが次の瞬間、ふいに笑みを消すと――。 「気ぃつけろよ。ここには()えた(おおかみ)しかいねえからな」  再び、あの意味深な色を湛えた瞳を寄越した。  瞬間、ゾクリと肌が粟立つ感覚がし、私は思わず目を逸らすと同時に勢いよく後ずさった。  恐怖や嫌悪を覚えたからじゃない。息が詰まるほどの驚愕と、際限ない胸の高鳴りを感じたからだ。  ――彼は刑事ではなく、一人の男の顔をしていた。  そんな私にすれ違いざま、レンさんはポンポンと頭に優しく触れた。 「お疲れさん。帰ったら早く寝ろよ」  そのまま扉に向かって歩いて行く背を、私は反射的に呼び止めた。――この機を逃したら、もう二度と訊けない予感がしたから。  ん? と振り返ったレンさんは、もう元通りの刑事の顔に戻っていた。  私もなんとか、いつも通りの自分を思い出して訊いた。 「どうしてレンさんは、私のこと『お嬢』って呼ぶんですか? みんなは『眼鏡っ子』なのに……」  今更かよ。――そう言って笑われると思っていた。別に、わざわざ言うほどの理由なんてねえよ。――そんなはぐらかしが返ってくると思っていた。  返ってきたのは(うれ)いを帯びた眼差しと、どこか空虚な微笑だった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加