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「イエ、ナンデモゴザイマセン。オミグルシイモノヲオミセシマシタ」
「ははっ。めっちゃ片言」
口元に拳をやり、くしゃりと笑ったレンさんだったが次の瞬間、ふいに笑みを消すと――。
「気ぃつけろよ。ここには飢えた狼しかいねえからな」
再び、あの意味深な色を湛えた瞳を寄越した。
瞬間、ゾクリと肌が粟立つ感覚がし、私は思わず目を逸らすと同時に勢いよく後ずさった。
恐怖や嫌悪を覚えたからじゃない。息が詰まるほどの驚愕と、際限ない胸の高鳴りを感じたからだ。
――彼は刑事ではなく、一人の男の顔をしていた。
そんな私にすれ違いざま、レンさんはポンポンと頭に優しく触れた。
「お疲れさん。帰ったら早く寝ろよ」
そのまま扉に向かって歩いて行く背を、私は反射的に呼び止めた。――この機を逃したら、もう二度と訊けない予感がしたから。
ん? と振り返ったレンさんは、もう元通りの刑事の顔に戻っていた。
私もなんとか、いつも通りの自分を思い出して訊いた。
「どうしてレンさんは、私のこと『お嬢』って呼ぶんですか? みんなは『眼鏡っ子』なのに……」
今更かよ。――そう言って笑われると思っていた。別に、わざわざ言うほどの理由なんてねえよ。――そんなはぐらかしが返ってくると思っていた。
返ってきたのは愁いを帯びた眼差しと、どこか空虚な微笑だった。
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