45人が本棚に入れています
本棚に追加
坂江が真一文字に結んでいた唇を薄く開いた、その直後。
三度のノックの後、扉が開き、後輩刑事が顔を覗かせた。
「あの、弁護士の方がお見えになっているんですが……」
そうだった。坂江の取り調べはあくまで任意。失念していた。
小さく舌打ちすると、私は対面に向かって身を乗り出した。
「さっきの話、のるなら今日中に連絡して」
耳元でしっかりと念を押し、取調室を後にしたのだった。
◇
自席に着いて時計を見上げると、時刻はもう二十時になっていた。
坂江の取り調べが中断されてしまった今、することは特に見当たらない。
雑務整理は今すぐする必要はないし、報告書なんてもっと取り組む気になれない。
かといって、家に帰っても彼はいない……。
ぼんやりと机上に目を落とすと、そこに長い影が映り込んだ。
「レンさん……」
見上げた先にいたのは、先輩刑事・廉崎将己さん――マル暴歴二十年のベテランで、彫りのある顔をした渋い色男だ。
「お疲れさん」
何やら頭に乗せられたので、落とさぬよう両手で慎重に受け取って下ろす。それは――。
「あっ、『ほっとレモン』! ありがとうございます、ご馳走様です!」
「早いな。飲んでから言えよ」
子気味良い突っ込みに、思わず笑みが零れる。
時にヤクザを容赦なく追い詰める、掠れ気味の低い声音が、今は不思議と心地いい。
最初のコメントを投稿しよう!