回想

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 坂江(さかえ)が真一文字に結んでいた唇を薄く開いた、その直後。  三度のノックの後、扉が開き、後輩刑事が顔を覗かせた。 「あの、弁護士の方がお見えになっているんですが……」  そうだった。坂江の取り調べはあくまで任意。失念していた。  小さく舌打ちすると、私は対面に向かって身を乗り出した。 「さっきの話、のるなら今日中に連絡して」  耳元でしっかりと念を押し、取調室を後にしたのだった。  ◇  自席に着いて時計を見上げると、時刻はもう二十時になっていた。  坂江の取り調べが中断されてしまった今、することは特に見当たらない。  雑務整理は今すぐする必要はないし、報告書なんてもっと取り組む気になれない。  かといって、家に帰っても彼はいない……。  ぼんやりと机上に目を落とすと、そこに長い影が映り込んだ。 「レンさん……」  見上げた先にいたのは、先輩刑事・廉崎(れんざき)将己(まさみ)さん――マル暴歴二十年のベテランで、彫りのある顔をした渋い色男だ。 「お疲れさん」  何やら頭に乗せられたので、落とさぬよう両手で慎重に受け取って下ろす。それは――。 「あっ、『ほっとレモン』! ありがとうございます、ご馳走様です!」 「早いな。飲んでから言えよ」  子気味良い突っ込みに、思わず笑みが零れる。  時にヤクザを容赦なく追い詰める、掠れ気味の低い声音が、今は不思議と心地いい。 
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