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第一章
ぐっすりと眠って起きたら部屋の中はとっぷりと暗かった。固いマットレスの上で、二度三度と寝返りを打ってみる。生協のカタログ通販で購入したそのマットレスは、意地でも寝る者の身体を沈み込ませまいとでもいうように意固地に硬い。わたしはことある毎にそのマットレスを買い替えることを考えるのだけれど、所詮親からの仕送りとバイト代で食いつないでいる学生の身分で贅沢も出来まいといつもあきらめざるを得ないのだった。
暗闇の中で何度か寝返りを打ってみてもう眠りには戻れないことを確認してから、しぶしぶと枕もとの目覚まし時計に手を伸ばした。長針と短針に蛍光塗料が塗ってあり暗闇でも時間が確認できるようになっているそれも、一人暮らしを始めるにあたって近所の雑貨屋で手に入れた、わたしが生活を共にする相棒である。まだ眠気に霞む目をこすりこすり時間を確認すると、黄色く発光する針は7時40分を指していた。あー、と思わず声が出る。
あー。
一人っきりのワンルームマンションでその声はいかにも間抜けに響いた。窓の外からブォォ…と大通りを走り抜けていく車の音が響いてきて、なんだか心許ない気持ちになった。
しばらく躊躇してから渋々と起きだして、部屋の真ん中にプラプラと下がっている蛍光灯の紐を引っ張る。7畳ほどの狭いスペースが瞬く間に真っ白い光で溢れて、一瞬時間の感覚が失われる。ちらりと目をやると、部屋の隅でファックス付き電話の留守電を知らせるボタンが、もの言いたげに瞬いているのが見えた。
自分は好きなものが少ない人間だと思っている。幼い頃から、特にお気に入りのおもちゃを持ったこともなく、周りが好きなアイドルの話できゃあきゃあと盛り上がっている時分にも、どこか冷めた目でそれを眺めていた。これが食べたい、という好物もなければどうしてもこれが着たいというファッションに対する執着もない。あえて言えば読書は好きだけれど、それだって面白そうだと思う本を手当たり次第に読み散らしているだけで、到底趣味と言えるレベルには達していなかった。そんなわたしを、実家の母は「あんたはつまんない子ねえ」と若干の落胆と同情を込めて、そう評したものだった。
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