第一章

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「人生の解像度を上げていかなあかんのちゃうかなあ」  文学部に通う友人の柿本美都(かきもとみと)はなにかにつけてそんな風に言う。わたしと同じく、これといって熱中できるものを持たない美都にとって、何かしら没頭できるものを持っている人はそれだけで輝いて見えるらしい。 「好きなものがある人ってそれだけできっと、物事の見え方が違うやろ。例えばその好きなものに向かって努力したり、何を見てもその好きなものと関連付けて考えてしまったり、そのもののことばっかりひたすら調べてみたり」 「情熱っていうんかな。そういうものがあたしにも蒼依(あおい)にも、足りんのちゃうかなあ」  なるほどな、とわたしは感じ入ったようにうなずいたものだ。さすが文学部、人生の解像度なんていうと、とてもそれらしく聞こえる。そういわれてみれば確かに、今までの人生は自分自身の記憶のなかでさえなんとなくぼんやりとしていて、勿論その時々で楽しいことや悲しいことはあったのだけれど、その輪郭さえも今となってはあやふやだ。もしかしたらわたしはこれからもずっとこんな風にぼんやりとした輪郭で生きていくんだろうか。たまにこんな風に暗くなってから一人で起きだすと、そんな益体もないことを考えてしまってうすら寒くなってしまう。  ちかちかと瞬く留守電のボタンをくっと指で押し込んで録音されたメッセージを聞いてから、寝癖のついた髪を直しもせずに、部屋の隅に放ってあったトートバックに鍵と財布だけ放り込んで部屋を出た。外に出ると、8月の生暖かい風が鼻先をくすぐった。東大路通りを南から北へ、あるいは北から南へ、すいすいと車の群れが通り過ぎる。大学に行く時には自転車で走り抜けるその道を、今は徒歩でゆっくりと歩く。  濃紺の空をバックに遠くにぼんやりと連なる山々が見える。京都に来て良かったことの一つが空が広いということだ。今までの人生で何度か引っ越しをしたけど、どこもビルが多くて上を見上げても切り取られた窓のような空しか見えなかった。それが普通だと思っていたから、高い建物のない京都の町並みで向こうの向こうまで空が見渡せるのには感動した。首が痛くなるまで上を見上げなくてもちゃんと視界に空が映るというのはいかにも贅沢だという気がする。ぴかぴかと光る車のヘッドライトを横目に、イズミヤで買ったサンダルをペタペタ鳴らしながら目的地に向かってのんびりと歩いた。  わたしにとって二回目の、京都で過ごす夏である。
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