第五章

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 剣崎が自分の読みが外れたことに気付いたのは、ステージの上から湊さんが勝ち誇った眼差しで自分を見据えた時だろう。その時、湊さんの胸の中には剣崎に対する復讐心がめらめらと燃え上がっていたに違いない。  あの男、このわたしを振った挙句にわたしを裏切って一儲けしようと企むとは金輪際許さん!と。  勝ちに行く。あの時の湊さんからは並々ならぬ執念を感じた。剣崎も同じように感じたに違いない。このままだと湊さんがグランプリに輝くことになる。そうなったら剣崎の懐には一銭も入らない。そこで、剣崎は決めたのだ。自分が損を被るくらいなら、潰す、と。  ありえない、と美都が呟いた。サイテー、とわたしも歯ぎしりをした。流石のたけやんも、眉毛を八の字にして項垂れている。飄々としているのは、部屋の真ん中に胡坐をかいている剣崎だけだ。 「わたしは、なにかを成し遂げたかっただけなのに…」  思わず涙声で訴えてしまう。 「なにも、なにも成し遂げられなかった。成し遂げるどころか、めちゃくちゃにしちゃった。美都は一度は主役になりたいって言ってたのにステージに立つのがすっかりトラウマになっちゃったし、たけやんは彼女が欲しいって言ってたのに女性の怖さを見せつけられちゃったし、玲人君は穏やかに暮らしたいだけだったのにこんなドタバタに巻き込まれちゃって」  けーんーざーきー!!!怒り心頭で我を忘れて咆哮を上げ、剣崎につかみかかる。  剣崎はわたしに襟首を掴まれて首をがくがくしながら、ひゃひゃひゃ、と笑って言った。 「な、これがほんまの骨折り損のくたびれ儲け、ってな」  窓の外ではすっかり日が暮れかかっていて、秋の涼しい空気が部屋に舞い込んできた。秋の虫の声が微かに聞こえる。終わったのだ、とその声は言っているようだった。もう諦めなよ、と。  「なにか」を成し遂げたくて始めたのに、その「なにか」をめちゃくちゃにした挙句、誰にも何にも残らなかった。いや、正確には件の宗教法人はこの出来事によって大学側から要注意団体としてマークされることになり、賭けも成立しなかったことで彼らに資金が流れることもなかった。  ミスコンについては見物していた人たちからその内容がルッキズムを助長するということでクレームが入り、今後うちの大学では二度と開催されることはないだろう。ルッキズムが何を意味するのかを辞書で引いて、わたしはなるほど、と納得した。世の中にはいろいろ便利な言葉があるものだ。
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