ベータの恋

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 この世には男女という見た目の性別の他に、アルファ、ベータ、オメガという第二次性がある。  それを初めてちゃんと教えられたのは小学校の性教育の時間だった。六年生ではなかったと思う。四年生か五年生の時だ。というのも、豊とクラスが違ったからだ。六年生の時なら颯太は豊と同じクラスだった。 「なぁ、もう習った?」  帰り道、紫がかった紺色のランドセルを背負った豊がそう聞いた。 「なにを?」 「アルファとベータとオメガのやつ」 「うちのクラスはまだやなぁ」  颯太のランドセルはチャコールグレーだった。母の趣味だ。 「そうなんや」  秋の終わりだった。マンションの敷地をぐるりと囲うように植えられた街路樹の葉が赤く染まっていたのを覚えている。毎年春に白とピンクの花をつけるその木の名前がハナミズキだと言うのはもう少し成長してから颯太は知った。 「颯太はオメガかもなぁ」 「なんで?」 「背ぇちっさいやろ? オメガって小柄やねんて。あと、男でも可愛らしい外見のことが多いらしいわ。颯太、可愛い顔しとるやん」 「えー、俺アルファがええなぁ」  あの頃は無知だった。無知ながら、子供らしい性への興味でなんとなくの理解はあった。格好いいアルファ、特別なオメガ……そして、その他大勢のベータ。 「豊はアルファっぽいよなぁ。ええなぁ」  豊はその頃から体が大きかった。近所の中学生より背も高かった。勉強もわりとできたし、何よりスポーツが得意だった。クラスの女子たちが『豊くんは絶対アルファだよね』とよく言っているのを颯太も知っていた。  背の高い豊は、当時小柄だった颯太の歩幅に合わせて歩いてくれながら、耳元に顔を寄せてきた。 「アルファとオメガは(つがい)言うのになんねんて」 「つがい?」 「一生一緒におれるらしいわ。番んなったら」 「そうなんや」 「俺がアルファで颯太がオメガやったら、俺ら番になれるな」 「俺と豊で?」 「いやなん?」  豊に顔を覗きこまれて、颯太はランドセルの肩紐をぎゅっと掴んで視線を俯けた。気の早い落ち葉が秋風に吹かれてくるくると渦を巻いていた。不思議とその光景は大きくなってからも颯太の脳裏にこびりついている。 「……嫌やないよ」  と、豊の顔は見られないまま颯太は答えた。それはウソではなかったけれど、本心でもなかった。  豊から颯太に対する好意は兄弟のように育った幼馴染に対する『好き』だが、颯太から豊に対する好意はそうではなかった。この頃すでに、颯太にはその自覚があった。だから、アルファがいいと口では言いながら、豊の言うとおりになればいいと内心では思っていた。 (豊がアルファで俺がオメガやったら、俺らは番になれる。そうしたら、ずっと一生、豊と一緒におれる)  気の早い落ち葉の舞う道を一歩一歩歩きながら、颯太は噛みしめるように心のなかでそう唱えた。ランドセルの肩紐をぎゅっと握ったまま、颯太は視線を上げた。自分の顔を覗き込んだまま隣を歩く豊と視線を合わせた。 「豊がアルファで俺がオメガやったら」  と、少しドキドキしながら口にした。 「番になろうな」  と。目の前を、風に吹かれながら真っ赤な葉っぱがひらひらと流れ落ちていった。 「ぅあ……っ」  うなじに強烈な痛みが走った。上半身を裸に剥かれ、豊のベッドの上でうつ伏せに組み敷かれた体勢で、颯太は痛みに仰け反った。痛みで視界がぼやける。豊に噛みつかれたのだと気づくのに少しかかった。 「あ……、は……ぁ……っ」  皮膚にめり込むほどの強さで食い込んでいた豊の歯が離れていった。痛みの恐怖を引きずりながら颯太はゆっくりと息を吐く。目尻に浮かんだ涙が片頬をついたシーツに吸い込まれていった。 「……颯太」  颯太のうなじに口元を寄せたままの豊がほとんど吐息のような声で颯太を呼んだ。熱く湿った吐息が痛むうなじを撫でる。 「ひあ……っ」  じくじくと熱をもって疼く傷跡を豊に舐められた。ぴりぴりとした痛みが皮膚の表面を走る。  そこをしつこく舐められながら、胸とシーツの狭間に豊の右手が潜り込んできた。薄い胸を汗ばむ手のひらで撫でられる。  何かを探すように豊の指先が胸元をさまよう。その指の腹が颯太の乳首に触れた。確かめるようにくにくにと押されて、それから二本の指で摘まれた。 「あぅ……っ」  と、声をあげて颯太は体を跳ねさせた。じん……と痛みが走る。 「あっ、あっ」  痛みと快感の境界はひどく不明瞭だった。気持ちいいとは思っていないのに、体は勝手に跳ねるし性器に血が集まって重くなっていく。今度は豊の左手が颯太の腹とシーツの間に差し込まれた。乳首を弄られながら薄い腹の表面を撫でられる。右手と同じく左手も熱を帯びて汗ばんでいた。その手にぐっと力がかかって颯太は腹を押し上げられた。尻を突き出すように腰が浮き、シーツにつけた肩に体重がかかった。  そうして隙間を作らせて、豊が制服のスラックスのベルトに指をかけた。バックルが外される。そのカチャカチャという金属音がやけに空しく部屋に響いた。 「あ……、や、ぁ……」  ベルトが緩められファスナーが下げられる。豊の手がスラックスの中に入り込んできた。下着の上から手のひらで覆うように性器を掴まれる。そのまま下着ごと上下に(しご)かれた。分かりやすい快感がそこで産まれ、乳首への刺激と体の奥で繋がった。 「……や、あ……ゆた、か……ぁ……っ」  乳首に刺激が走るたびに性器がさらに張り詰める。そこを強く扱かれて快感が溜まっていく。そうすると乳首の感度が増す。先端から滲むぬるつく体液で下着の中が濡れていく。  もはや、うなじの痛みすら快感にすり替わっていた。 「ひぁ……っ」  乱暴に下着が引き下ろされた。スラックスもそれに引きずられてずり下がる。太ももの途中で止まった。突き出すように上げた尻が晒され、部屋の空気に触れてひやりとした。颯太の体に震えが走る。 「んぁ……あっ、あっ」  豊の手に直接性器を握られた。とどめを刺すように容赦なく扱きたてられる。 「や、あかん……イく……っ」  狭い尿道を熱いものが()りあがる。叫んだのとほぼ同時に、颯太は精を吐き出していた。それが豊の手のひらに受け止められる。 「んは……ぁ……っ」  涙混じりの吐息が漏れる。それはひどく熱く湿っていた。  
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