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古村家は、高校教師の父と地方公務員の母に、颯太と妹の晴香の四人家族である。
颯太と晴香が小さかった頃は時短勤務をしていた母だが、晴香の小学校入学と同時にフルタイムに戻った。
低学年の頃は、同じように共働きである小泉家の豊や凛と一緒に学童に通った。
母親同士が元々幼馴染ということもあり、互いの繁忙期には助け合おうという意識があったようで、颯太と晴香が小泉家に世話になることもあったし、逆に、豊と凛が古村家に来ることもよくあった。二家族とも、祖父母の家が比較的近くにあるので、四人まとめてどちらかの祖父母宅に放り込まれるのも日常だった。
小泉家の長女の澪だけはその頃すでに中学生だったので別行動が多かったが、四人は実のきょうだいのように育ったのだ。
「……ごめんね、いっつもフォローしてもらってばっかりで」
颯太と晴香で準備をした夕食を食べ始めてすぐ、母がそう言った。颯太は晴香と目を見合わせる。
「そんな大層なことしてへんよ」
「カレーはお母さんが作ってくれとったやつやし」
慰めではなく本心で言うと、晴香もそれに続いた。子供の頃から、一通りの家事は手伝っている二人だ。今さら不満はないし、普段は放任気味でも、大事な時には向き合ってくれるという信頼もある。
「ありがと。……あ、そう言えば、今日の進路相談はどうだった?」
微笑んで言ったあと、母が思い出したように颯太に聞いた。父が帰ってきてから落ち着いて話すつもりだった颯太は、一瞬迷う。けれどとりあえず今、話の流れに乗ってしまうことにした。
「そのことなんやけど……」
「うん」
「志望校、変えようと思ってんねん」
颯太の言葉に、母より先に晴香が反応した。
「え、そうなん?」
と、颯太の隣で驚いたようにスプーンを持つ手を止めた。颯太は元々、家から通える範囲にある府内の国立大を希望していた。
「どこに?」
と尋ねたのは母だ。
「京都……」
「先生はなんて?」
「ちょっと難しいかもしらんけど、チャレンジしてみてもええんちゃうかって」
「そう」
と短く言って、母はほんの一瞬、考える素振りを見せた。それからすぐに、颯太に向かってからりと笑って頷く。
「うん、分かった。ええよ」
「えっ、ええん?」
あっさり頷かれて、颯太の方が驚いた。上ずった声を上げてしまう。
「行きたいんやろ? 無謀なんやったら『もっかい冷静に考えてごらん』て言うとこやけど、先生も反対されてへんのやったらええよ。チャレンジしてごらん」
「受かったら一人暮らしすることになるけど……」
「私もお父さんも大学から一人暮らししてたしねぇ。ええ経験やったと思うわ。自分で色んなことに対処せなあかんようになるし」
「でも……お金かかるで?」
自分から金銭面の話を振るのは少なからず気が引けた。けれど、一番の気がかりはそこだ。聞かないわけにもいかない。
「なんとでもなるよ。そのための共働きやしね。家事も育児も手抜きやった分、お金はある。湯水のようにとは言わんけど。小遣い分ぐらいをバイトで賄ってくれたら、家賃と生活費は任せてくれたらええよ。もちろん学費も」
頼もしく、母が言い切った。実際、フルタイム勤務に戻ってからバリバリ働いた母は、四十代半ばで課長級にまで昇進したのだ。その言葉には説得力があった。
「父さんも……ええって言うかな?」
「言うと思うよ。帰ったら聞いてごらん」
「……分かった」
母の言葉に、颯太は素直に頷く。そのやりとりを、隣に座る晴香が興味深そうに聞いていた。
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