絡まる恋

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 颯太本人が拍子抜けするほどあっさりと、両親は颯太の進路変更を受け入れてくれた。  ……が、豊はそうはいかなかった。  翌朝、玄関先で顔を合わせるなり、不機嫌さを隠そうともしていない低い声で、 「志望校変えたってどういうことなん」  と、唸るように豊が言った。  予想はしていたが、予想以上に早い。颯太は思わずため息を吐いた。 「……なんで知ってるん?」  睨むように見下ろしてくる豊に背を向け、エレベーターへと向かいながら、そう問いかける。荒い足取りで後ろをついてきた豊が、 「凛から聞いた。凛は晴香から」  と、颯太の想像通りの答えを口にした。  手間が省けて良かった……と思うことに、颯太はした。豊の気持ちを考えれば、せめて自分の口から伝えるべきだっただろうが、それは気が重かった。豊の反応は想像がついていたからだ。  昨日、夕食の席で、颯太と母のやり取りを聞いていた晴香に口止めをしなかったのも、どこかでそう思っていたからだ。あの時、そこまで明確に画策していたわけではないが、深層心理にそういう狡さがあったという自覚が、今の颯太にはある。 「昨日、進路相談で宮前先生に言うて、反対もされへんかったから、夜に親にも言うた。父さんも母さんも俺の好きにしたらええって」 「……っ、俺は聞いてへん!」  淡々と説明すると、後ろをついてきていた豊が噛みつくように吠えた。ちょうどエレベーターの前に着いたところだったので、颯太は足を止めて豊を振り返る。 「担任や親より先に言わなあかんかった?」  背の高い豊を見上げながら、颯太は静かにそう問うた。  アルファらしく整った豊の顔が瞬時に歪む。傷つけると分かっていて、傷つける言葉を口にした。それでもいざ目の前で傷ついた顔を見せられると、颯太の心は鈍く軋んだ。  兄弟のように育った大好きな幼馴染だった。豊への慕わしさや愛しさが幼い頃のままだったら……と颯太は思う。  豊への好意が恋に変わりさえしなければ、きっとこんな風に豊を傷つけずに済んだ。  どうして恋をしてしまったのだろう。抱いたところで意味をなさない悔恨が、颯太の胸を埋める。 「……同じ大学行くんちゃうかったん」 「約束はしてへんよ」 「やけど、俺はそのつもりやったし、それは颯太にもずっと言うてたやろ!?」 「……せやな」  それはよく知っている。同じ大学に行くのだと、何の疑問もなく豊が思い込んでいるのは、その言葉の端々から察していた。そしてつい最近まで、颯太自身もそのつもりだった。  豊と一緒に大学に通うのは楽しいだろう。これまでずっと一緒だったのだ。大学の四年間も一緒に過ごすことに違和感はない。  ……けれど、と、今の颯太は思う。  けれどその先は? ……と。  自分たちはいつまで一緒にいられる? (つがい)同士でも、ましてや恋人同士でもないのに。  豊は、見た目の大人っぽさや格好良さとは不釣り合いに、恋愛面の情緒が幼い。有り体に言ってしまえば、愛だの恋だのよりも、颯太と二人で(じゃ)れ合っている方が楽しくて好きらしい。可愛らしい女の子にも、魅力的なオメガにもさして興味を示さない。  けれどそれも時間の問題だ。今は颯太にべったりでも、いつか豊にもできる。……番が。あるいは恋人が。 「……やけど、幼馴染と一緒のとこがええとか、そんなんで決めることちゃうやん、大学って」    それを、すぐ近くで見届けたいとは、颯太は思わない。
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