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この世で初めて男性の妊娠が報告されたのは100年ほど前だった。一人目の症例は白人男性だったという記録が残っている。
それから時を置かずにヨーロッパ、アジア、北米、南米、アフリカと散発的に男性の妊娠が報告され、それに合わせて女性による受精例も報告されるようになった。
当時、世界中の医者や科学者が――あるいは政治家や宗教家も――大混乱に陥った。
アダムとイヴの昔から男女という二通りの性しかない世界を生きてきた先人たちにとってそれは有り得ないはずのことだったからだ。
最初は原因も仕組みも全く不明だった。けれどそれも今では科学と医学――主には分子生物学――の発展によって大まかなところは理解されつつある。
母体のウィルス感染による性染色体の突然変異。
それが、第二次性をこの世に生み出したものの正体だ。
「んは……ぁ……っ」
半ば強引に射精に導かれ、颯太は肩を震わせて荒い呼吸を繰り返していた。酸欠になっているような気もするし、裏腹に過呼吸を起こしかけているような気もした。くらくらと目眩がする。
「や……っ」
シーツに胸をつけて突き出した尻の狭間を豊の指で撫でられた。窄まりの表面を撫でられ、異物を拒むように生理反射的にそこがきゅっと閉じる。
「ぅあ……っ」
閉じ合わさった襞を割り割いて豊の指先が身のうちに埋め込まれた。生温かい何かで濡れている。それが自分の出した精液だと、少し遅れて颯太は気づいた。
埋められているのは第一関節あたりまでぐらいだろうか。そこまで深くはない。浅いところを探るように指先が体の中で円を描く。
「ゃやぁ……っ」
痛みはないが、生まれて初めて味わう感覚だった。全身の肌が粟立つ。やり過ごすようにぎゅっと目を閉じると、目の表面を覆っていた涙の膜が目尻で玉を結んだ。肌を伝い落ちシーツに吸い込まれていく。
嗚咽めいた喘ぎ声をひっきりなしにあげてしまう颯太とは違い豊は静かだ。ただ、湊のフェロモンに当てられて引き起こった興奮状態は続いているようで、荒い呼吸音だけは颯太の背後から聞こえてくる。
「んぁ……や、ゆたか……、ゆた、か……ぁ……っ、あっああっ」
豊の指に浅いところを探られていた颯太の体が不意に跳ねた。突然、強烈な快感に襲われたのだ。むき出しの快楽神経を無遠慮に撫でられたかのようだった。
吐精して萎えていた性器が一気に重たく膨張する。気持ちよくて堪らなかった。
「や、ゃやぁ……っ、そこ、ほんま……あかん……っ」
縋るようにシーツに爪を立てる。初めて味わう快感が怖い。泣き喘ぐ颯太の中を探る指が二本に増やされた。入り口を解すように中でバラバラに動く。
「ひぁ……あっ……あっ……ぁあ……んんっ」
どうしようもなかった。耐えることも抗うこともできず、気づけば颯太は再び射精していた。絶頂の瞬間に体中が硬直し、その波が去るのにあわせて弛緩していく。そうして緩んだ後ろの穴に三本目の指が入れられた。
「……ゃ……あ……」
くらりと目眩がした。後ろの穴がさらに大きく開かれ、内部の刺激が増す。三本の指が我が物顔で体の中を探っている。射精したばかりの性器にまた血が集まる。落ち着く暇も与えてもらえない。怖くて苦しくてもうイきたくないのに、腹の内側に快感の中枢があってそこを豊の指で刺激されるとどうしようもなかった。
これが前立腺というものなのだろうか。快感に濁った脳内で颯太はうっすらと思い出す。
自分がオメガではないという事実を突きつけられ、どうしようもないまま受け入れた時、颯太は調べたのだ。ベータの男でも男性との性交が可能なのかどうか、を。そしてその時に知った。オメガでなくても肛門での性交が可能であることや、前立腺を刺激されれば十分に快感を得られるということを。
それは虚しい知識だった。オメガでもないただのベータの自分を豊が抱いてくれることなどないと分かっていたからだ。
「あっ……ほんま、も、やや……ぁ、んあ……あ、あっ、ぃあ……っ」
一生知ることのないと思っていた快感を豊の手によって与えられ、颯太は泣き喘ぐ。
「あ……っ、あ……っ、や……また、イ……っ」
びゅく……っと精液が溢れた。視界がチカチカと明滅する。酸素が足りないのか、呼吸のし過ぎなのかは分からないけれど、こめかみがガンガンと痛む。もう体に力が入らなかった。かろうじて指先でシーツを掴む。
「んん……ぅ……」
豊の指が抜け出ていった。それまで強引に広げられていた穴が唐突に空洞になって戸惑うようにひくひくと震えたのが自分でも分かった。そこに何かが押し当てられる。柔らかく丸いそれが豊の性器の先端だと言うのは状況から察した。腰を鷲掴みにされる。そうして逃げられなくなった体に豊の性器がめりこんだ。
「ぃあ……っ、いた……ぁ……っ」
引き攣れるような痛みが走った。颯太は悲鳴をあげる。ぬめりが足りないのだ。颯太はオメガではないから、女性器のように後孔が濡れることはない。
俺がオメガなら、ベータでもせめて可愛い女の子だったら……と痛みに涙を流しながら颯太は思った。この痛みは罰だ、と。豊は拒んだのに、抱けるわけないやろベータなんか、と言ったのに。
強引に踏み込んだのは自分だ。だってどうしても豊が欲しかった。一度でもいいから。
「ゆた……か、ぁ……っ」
どんな形であれ、今自分は豊に抱かれている。それを確かめたくて、颯太は首をひねって後ろを振り向く。涙で烟る視界に豊が映る。
互いの視線が絡んだ瞬間、豊はひどく苦しげに顔を歪めた。
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