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……ふっ、と意識が浮上した。ゆっくりと目をあける。自分のものではないベッドの上で寝ていた。部屋は薄暗い。頭がぼんやりしていて、咄嗟には状況を思い出せなかった。妙に重たく感じる体をノロノロと起こす。
「……うっ」
尻の奥とうなじが痛んだ。思わず呻いて恐る恐る手のひらでうなじを触る。皮膚が避けているのが感触で分かった。瞬間、全てを思い出す。自分がなにをしたのか、豊になにをさせたのか。
「……豊?」
中途半端に起き上がった体勢で薄暗い部屋を見回す。豊の姿はなかった。ついていてくれると思っていたわけではないが、一人きりで放置されるとも思っていなかった。途端に心細くなる。うなじの痛みが増した気がした。
「豊……」
静かな部屋でぽつりと名前を呼ぶと、ますます心細さが増した。こたえの返らない呟きが虚しく空気に溶けて消えていった。うなじから外した手のひらをぼんやりと見つめる。薄暗いせいではっきりとは分からないが血は止まっているようだった。
クーラーの風が背中に当たり、ぞくりと寒気が走った。自分が全裸だということに遅ればせながら気づいた。夏用のブランケットがかろうじて腰にまとわりついている。ベッドの上を探ると、すぐに下着と制服のシャツが見つかった。下着を身に着けようと体勢を変えると尻を中心に下肢が痛んだ。股関節にも馴染みのない怠さを感じる。痛みを堪えながらノロノロと下着に足を通した。制服のシャツも身につける。一番上のボタンがどこかに飛んでいた。薄暗い部屋の中で痛む体を抱えて指の爪サイズのボタンを探す気にはなれなかった。母親には気づいたら無くなっていたと言い訳すればええやろう、とため息をつく。
そこで不意に扉が開いた。廊下の明かりが差し込む。逆光のシルエットが浮かぶ。豊だ。
「……起きたんや」
「あ、うん」
「そか」
部屋に入った豊が後ろ手に扉を閉めた。さっきと逆やなと颯太は気づく。豊がベッドにいて、颯太はあんな風に扉を閉めた。違うのは内鍵をかける音がしなかったことか。
スイッチは扉のすぐわきにあるはずだが、豊は明かりをつけなかった。暗いままの室内をベッドに歩み寄り、颯太の斜め横あたりに腰を下ろした。腰を捻って颯太の方に上半身を向けてくる。
「……ごめんな」
後悔を滲ませた声で豊がぽつりと呟いた。その短い謝罪は氷の飛礫のように颯太の胸を貫いた。ひゅっと呑んだ息がそのまま止まる。全身から血の気が引いた。
「豊は悪ないやん……っ」
凍りついたみたいに痛む喉から無理やり声を出した。その声がちゃんと豊に届いたのかは、部屋が薄暗いせいで見えなかった。端正な口の端が少し歪んだようにも見えたが、それがどういう感情を現したものなのかは颯太には分からない。
「おれ……、俺が、悪いんやん」
「颯太は悪ないやろ。俺のこと心配してくれただけやん」
「やけど豊はやめろ言うたやん……! 強引に俺が誘ったんやから……っ」
堪らず、颯太は豊の肩に手をかけた。その手首を豊に掴まれ、それからそっと引き剥がされた。
「豊……?」
「悪いんやけど、いま触らんとって」
「ごめ……」
「颯太が悪いわけちゃうって。……やけど、ごめんな?」
「豊が謝ることちゃうよ……。俺が……興味あってん。アルファの発情ってどんなんやろ……って。ほら俺ベータやからさ、オメガのこともアルファのことも分からへんし、体験してみたかった言うか……」
豊に謝られるのが苦しく、颯太は必死に言い募った。豊からの反応はない。
「豊に抱かれんの気持ち良かったし、豊は……俺相手なんか嫌やったかもしらんけど、でもほら、しんどかったやろ? やから……お互いちょうど良かった、みたいな……」
「そんな風に思えるわけないやろ」
自分でも愚かなことを言っている自覚はあった。それでも豊の罪悪感を拭い取りたい一心で颯太は言葉を繋いだ。それが豊の静かな一言で断ち切られる。冷たく冴え冴えとした声にははっきりと怒気が滲んでいた。薄暗闇で豊の表情は不明瞭だが、睨まれているのが分かった。颯太はごくりと生唾を飲む。
「ちょうど良かった? ……そんなこと、本気で言うてんの?」
ぐ……っと喉の奥が痛みに詰まった。声を出したら涙まで一緒にあふれそうで、颯太はただ唇を噛み締める。
「……ごめん」
ふっと力を抜いた声で豊が言う。颯太はやはり言葉を返せなかった。無言のままで頭を振る。
「悪いんやけど、今日は帰ってくれへん?」
「ん……」
頷いて、颯太は制服のスラックスを探した。床に落ちていたそれを豊が拾い上げてくれる。無言のままで受け取ってノロノロと足を通した。ベッドから降り立つ。下半身が痛みと怠さを訴えたが、それを顔には出さずに飲み込んだ。
ベッドに座ったままの豊の前を通ってドアに向かう。引き開けると廊下の明るさが目を射った。目を眇めながら颯太は後ろを振り向く。
豊はベッドに座ったまま、颯太の方は見なかった。
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